九〇話 認めてもらって、解散して、で?


「なるほど。たしかに貴重きちょうな戦力ですね」


「ああ。若い娘なのは目をつむってくれ」


「んー、私はいいのですが。下にく者たちがどう言うかは生憎あいにくはかれませんので」


 そう言って厽岩ルイガン将軍は申し訳なさそうに眉をちょん、とさげた。だが、陛下としてはまず最初に厽岩将軍が認めることが重要だったっぽくて満足そうに何度も頷いていた。


 で、そのしばらくがすぎて陛下はたもとからだした一巻の木簡もっかんを厽岩将軍に渡す。厽岩将軍は明確に「?」だったが、広げてみて納得した様子。え、なになに。今度はなんだ?


 が、厽岩将軍は木簡を巻き直して自分のふところにしまってから私に向けてごつごつした大きな手を差しだしてきた。? なんだ。どうしろ、と? 思っていると苦笑いされた。


握手あくしゅを知らんのか、水姴スイレツ将軍」


「いや、知ってい、って、え?」


貴君きくんを今日この時より陛下のおっしゃる特務とくむ隊の将に認めようと思うので仲良く」


「仲良しこよしする気はねえよ」


「ははっ、なるほど。女にしておくのがもったいない気性きしょうだな。いさましい。普通、女は着飾ったり、化粧したりだのなんだのの美に関することに腐心ふしんするが例外も世の常か」


 うん。納得しているところアレだけどてめえさんの背後で殿下がめっちゃ不機嫌になっているんだが、それはどうすればいいだろう。アレか? 無視していいんだろうか?


 いやまあ、気にするというか私が気にかけることではないのはそうだろう。だって証拠に陛下が「どうどうどう」となだめてい、る……? なぜ、宥める? どうかしたか。


 私がなにかあったか、疑問に思っている間に早朝の連絡会は終了し、散会となる。


 厽岩将軍はじめ禁軍きんぐんつわものたちは陛下や殿下に一礼して鍛練たんれん前の朝餉あさげを食べに詰所つめしょに隣接されている食堂へ向かって歩いていった。のを見送って、私がひとつ息をついたら。


ジン


「は? ってわちょっ!?」


 突然、殿下が声をかけてきて驚く。そして、さらに驚くことになった。急にぎゅうっと抱きしめられて。一瞬、ぽかん。直後、ぼふっと赤面したのがわかった私は慌てる。


 ちょ、ちょちょちょっと、殿下!? なに急に、なに突然、なにいきなりなに!?


 はい。頭の中真っ白どころか大混乱で情報伝達回路は大混線といった具合になっている私である。が、ユエも陛下もなにも見聞きしていないかのようにこちら放置している。


 陛下はともかく月、てめえは私を放置するなよっ。一応主人なんだから困っているのもてめえだから察しているだろうになぜ放置するんだ。なんでほうっぽっておかれるの?


 意味がわからん。いや、今一番の意味わからないは殿下だ。なんなんだいったい。


「あの、で、殿下……?」


「俺は、違うと思っていた」


「はい?」


 なにがだ。なにが違うと思っていたと? 唐突とうとつ急すぎて話についていけないにもほどがあるのだが。そこのところをまず考慮してくれるといいんだけどなあ、殿下。ねえ?


 でも、殿下は説明する、というのを一切合切はぶいて私をさらにきつく抱きしめて、ってあの苦しいんですが、殿下? アレですか。私を腰挫こしくじきでぼっきりとるおつもり?


 いや、あのまじめに苦しいんですが? なんなんだろうか、これは。無視というかさっきまでの対応への仕返しか。てかそもそも元凶げんきょうはあなたが気づかなかったせい――。


「俺は、嫉妬しっとなどしないと思っていた」


「し、しっと? は?」


「静が厽岩と握手するかと思ったら殺意が湧いて、でも静が拒否して嬉しくなって。そんなふうに自分がなるなんて思いもしなかった。物語に読んだだけだったが厄介やっかいだな」


「え、っと……?」


「静、俺以外に触れないでくれ。触れさせないでくれ。……本当は話すのもいやだ」


 いやおい。それは無茶苦茶だ、殿下。部隊をひきいる立場でありながら誰とも会話しないなんて無理難題だろうが。なにか、常に月を間に入れろってことが言いたいのかな?


 それはすごく、めちゃくちゃ不自然。将軍でありながら常に間にひとを介するってどんだけ人付き合いの基礎きそができていない? と取られても仕方ない。……ってかなんかごく自然と言われてちと流しかかっちゃったが、殿下なんか言わなかった、すごいこと。


 嫉妬、した? え、私が厽岩将軍と気さくに話していたことに対して、だろうか?


 あの程度でかれたんじゃ私はこの隠れみのでどうすればいいとおっしゃるんだよ。引きこもれ、とでもおっしゃるのか。それ、全っ然意味ないことない? たしかに隠れちゃいるが、それじゃあぐるぐる巻かれた蓑蟲同然じゃないか。ダメなやつだろ、それは。


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