八八話 まさかのびっくり槍の逸話


 それはともかくとしてやることがある。


「なあ、狐火きつねびで」


わらわ、かような面倒はゴメンぢゃえ」


「……ちっ、そう言うと思ったよ」


 だよなー。てめえはそうだろうよ。怪我人の手当てなんてするわけがない。そんなことを自主的に、もしくは頼まれてしはじめたら驚天動地きょうてんどうちだ。マジで天がびっくら驚いて地が揺れ動く。なので、私は物理的に無事なふたりは放って熱湯弾ねっとうだんを喰らった者の下へ。


 そいつらは警戒、というよりは「ひっ」とか言って怯えていたが私は痛みで動けずいるのをいいことにさっさと水で火傷を覆って癒やしてやる。妖気を孕んだ属性攻撃は妖気で以て癒やす。あやかしたちの中では鉄則の常識。ユエの狐火の方が早いだろうがまあ。


 あの性悪クソぎつねが手を貸してくれるなんて誇大妄想もはなはだしいのでしっかり流す。


 それに火傷を火であぶられるより水に包まれる方が精神衛生上よろしいし。そうした判断から私が自分で癒やしていく。極低濃度に薄めた妖力水ようりきすいでほぼ癒えた痕に蓋をする。


「……。……はっ、あ、ありが」


「別に。こっちがやったことだ」


 いつも通り素っ気なく返す。きさきの授業中ならありえない言葉遣いと態度で接する私は立ちあがって月と合流。雑談時間があるか、とも思ったがそういうものはないらしい。


 陛下がすぐ「こちらへ」と合図してきたので私は帰りに地面に突き刺しておいた槍を引っこ抜いて陛下たちの下へ参じ、槍を背に負うと厽岩ルイガン将軍がなぜか目をカッと開く。


 なに、なんだ。今度はなんだ? と思っていると厽岩将軍は私が背に負う槍のとある一点を指差してわなわなと震えた。私が振り向いて見てみるとそこには家紋かもんのような。


 いや、動物の図柄ずがらか。それも伝説の生き物とかそういう系の。だって、鳥だと思うが足が三本ある。三本足の鳥、となれば八咫烏やたがらす、とかだろうか? なにかの意味がある?


 たしか太陽の中にいる三本足の赤い烏。赤鴉せきあ、と呼ばれるもの。瑞兆ずいちょうの証だとか。


 ? それがどうしたんだ。瑞兆を願って、戦の武具にそうした図柄を取り入れるのはおかしなことなのだろうか。それともこのひと、ひょっとして梓萌ズームォン陛下の父君のことを知っている、とか……。著名な将だったそうだし、おかしくはない。でも、年代が少し。


 厽岩将軍の方がいくらも若い。さすがに若輩じゃくはいの年齢ではないが、であってもけっして老いていない。皇后こうごう陛下の父君がご存命なら今だったらえっとどれくらいになるかな?


 皇后陛下、梓萌様は三六歳だ、と伺っていたし、自身はすえの娘で父とはかなり歳が離れていたのでそれこそ目に入れても、くらい可愛がられて幼少期はすごしたそうだが。


 と、なればどれくらいだ? 仮に四〇すぎてからの子だったら七〇代? それって厽岩将軍くらいの年代からしたら枯れ木じ、いえ、結構古参こさんの部類になるんじゃないか。


 それとも世代を超えて語り継がれるほどのひとだったのだろうか。だったらすげ。


「その、槍……っは、壬葉ミヨウ将軍の」


「厽岩?」


「へ、陛下は存じないでしょうな。私も私の父に聞かされて知っているようなもの」


 そりゃあ、そりゃあ。厽岩将軍の父の時代に活躍したような御方ならそうなんでしょうね。知っているのはあと超古参の老兵ろうへいと、それと家族くらいなものか。でもそれが?


 その、「ミヨウ」将軍というひとはそんな、言葉に詰まるくらい有名だったのか。それこそ皇后陛下じゃないが戦場いくさばの鬼と恐れられていたと言っていらしたが、そっち系?


「壬葉将軍。戦場の鬼と渾名あだなされる鬼神きしんの如き将でしたが、なにより有名なのは使っていた武装だった、と父が青ざめて話してくださいました。なんでも鬼妖きようが授けし槍と」


 そういう系統の話か、と思っていたら話は思わぬ方向へと飛躍していって驚いた。


 鬼妖が授けた槍? その鬼は、いやあ、それはさすがにないだろうそんな偶然は。


 とか思って油断、油断だろうな。気を抜いていたら新しい爆弾が炸裂さくれつしやがった。


「水をつかさどる大鬼妖で北の奥地に住まうとされる者が気まぐれに授けたどうのでとかく水のが強く、火性かしょうを持つ者は触れるどころか近づくだけで命縮む心地であった、とか」


「げぶほっ!」


 おい、それもう確定じゃん。ハオ、あなたは実はアレか? 人間のことが好き、と言いますかもう大好きだったんじゃないか。私を助けてくれたことといい、この槍といい。


 つか、火性を持つ者が近づくだけで寿命縮むて。それで月がいやがったのか、な?


 それってつまり、高位こういのあやかしである月からしてもいやなものでできるだけ触りたくないし、近づきたくないと思う代物。いわくく付、というよりは武器に妖気が染みついているのかもしれない。それで私は楽に持ちあげられて扱いやすく感じた、と。なるほど。


 月は強い火性を持つ分、強すぎる水性すいしょうは毒に等しくなる。……らしい。弱い水性ならばなんということもない。相性は悪いが、克服こくふくできる程度。が、私のは別格だという。


 そういやあ、旅の道中で「ジンの水の気はそこらのあやかしのそれなんぞ軽々陵駕りょうがしておるし、静が人間でなければ妾といえど近づこうとは思わぬ」だの言っていた。


 つまり、浩との間に私というひとの肉体が挟まっているから、いたからまだ一緒にいられた。一緒にいてちゃっかり妖気を着服していたきつねげんが裏付けられた瞬間だった。


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