八七話 この狐、いろんな意味ですごい


「なんということもないのう。そこいらのぞく共の方が数いただけ面倒だったかもな」


「おい、追い討ちだからやめろ、夏星シィアシィン


「事実ぢゃろ? 水姴スイレツも否定せんしのー?」


「なんにしろ、てめえほどじゃねえけどな、私の方は。手加減無用とか陰湿いんしつすぎる」


 攻撃、純粋攻撃の次は言葉で精神に追い討ちかまそうとしていやがるユエに私は適当につけた偽名で「シィアシィン」と呼びかけ、やめろと言ったが、聞く耳持つとか冗句じょうく


 てか、名前に違和感いわかんがないってのがすごい。月の本名に夏の星という偽名とか美麗びれいすぎるが、このきつねはたいそうな美人なので悔しくも似合っている。名前に負けていない。


 まあ、月の言うことも間違いではない。数が多いだけ殲滅せんめつに手間を割かれる賊の方が面倒臭かったのはたしかだ。でも、それを皇帝こうていの為に鍛えている禁軍きんぐんの比較にだすな。


 本格的に可哀想だ。崩れた水壁みずかべの向こうで兵三人がそれぞれ負傷箇所を押さえて歯を食いしばっている。口元がゆるめば悲鳴が継続されてしまうからだろう。なんか、いさぎよい。


 壁の向こうの兵たちは体各所が濡れていたが、手の隙間から見えた皮膚ひふはべろべろにただれていた。サクっと言うと熱湯かぶった感じに火傷していた。私の壁と月の炎弾えんだんが揃って可能な大変凶悪な攻撃手段。壁となっている水を火の玉で瞬時に熱湯にしてはじく技。


 私たちは言いあいをやめて陛下たちの方を見た。陛下は手を叩いていた。殿下も。


 厽岩ルイガン将軍と模擬もぎ戦不参加の兵たちはぽかーんとほうけてというかありえないものを見たような状態で目が点、というような表現がぴったりしっくりくる感じになっておいで。


「瞬殺だったなあ」


「へ、ちょ、陛下、そんなものではありませんぞっ! な、なな、なんですかアレ」


「うん? アレがこれまで禁軍でもいなかった高位こういしきをつけた者の戦い方、だな」


「こ、高位の式? ってあんな細い娘が一体どころでなく二体も式をつけているとおっしゃられますか? あの女は面の通り狐、それもよりくらいが上なら天狐てんこでしょうが……」


 んお? おお、あの将軍様すげえな。月のこときちんと理解していやがる。妖狐ようこはたかが妖しの狐だが天狐はもはや神獣しんじゅうに近いだのなんだのと、月が自慢ぶっこいていた。


 まあ、実際のこいつは瑞獣ずいじゅうと呼ばれうる白面金毛九尾はくめんきんもうきゅうびの狐にあたるのだが。獣をとしたあやかしの中では最高峰クラスの力と妖気ようきを持ちえる獣たちの王者とももくされるとか。


 そんなようなことをいつだったか旅路のどこかで言っていたっけか。興味なかったので流していたが、やはりこいつは反則だよな、そうしたら。でたらめすぎる力のぬしだ。


 そして、私自身も中にハオというこの大陸稀代きだい大鬼妖だいきようを宿してその力を無意識下で抑えこそするが、でも自由自在に操れる。と、いう人類――普通の一般人からしたら化け物になっちまうだろう異質な存在だ。厽岩将軍の困惑も当然だ。そもそもがありえない。


 高位のあやかしというのは気位きぐらいが、そう、月のようにバカ高いのでひとに従う、従属じゅうぞくしてよいと考える者の方がまれというか頭の螺子ねじがどっかに吹っ飛んでいる、というか。


 本当に人間にとっていい意味で、同じあやかしにとっては「はあ?」みたいな具合におかしい者はそういうえききたがるが、たいがいにおいて不可能である、とされる。


 月の話で聞いても彼女が生きてきた一〇〇〇と余年においても人間に力を貸した高位のあやかしというものの実例など本当にほぼなく、月も私がはじめてだと言っていた。


「あのコは、度重なる不運と一粒の幸福であの力をえた。それこそ死の危機にひんしてえた死力しりょくともせし特異な異才であり、偉才だ。生まれ故郷ではずいぶんな目にったと」


「……。そ、うでしょうな」


 厽岩将軍は即行で理解した。私がどういう目に遭ってきて、どういう生き方をしてきたかを想像ではあるが、容易に思いいたってくれた。異質いしつな才は利用されるか迫害はくがいか。


 そして、だからこそわかったのだ。陛下が私を禁軍にした理由。貧弱ひんじゃくななりに見えてしたたかに生きてきた私はそこいらの一兵卒いっぺいそつなどものともしない。そう理解してくれた。


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