八六話 結果見え見えの模擬戦


「なにか、思うことがおありですか?」


「そういうことだ。戦えばわかろう」


 で、こっちはこっちで勝手に話を進めているようだし、どうしたもんだろうねえ?


 陛下、私はあなたの思うところ以上に頭の異常を疑っているし、疑いたいんだが。だって本格戦闘初経験の女に屈強くっきょう猛者もさ五人て、どう考えても無茶振りがすぎるですよ。


 私はか弱、くはないがごく一般的な女の子なんだということをお忘れですか? 大至急思いだしてくれ。じゃないと朝に食ったもんがでてきちゃう事態になりかねないぞ。


「堅くなるな、水姴スイレツ。その方なら楽なもの」


「陛下、私の寿命を縮めないでください」


 まったく、他人事ひとごとだと思って好き放題言ってくれちゃってまあ。お陰様で相手役をにな禁軍きんぐん所属のへいたち五名が苛立って手の指関節をパキポキ鳴らしておどしてきているが?


 私は一応、ユエを見てみるが不敵に笑うだけだった。いつの間につけ直したのか狐面きつねめんの下半分の、顔が見える部分にあるのは笑み。屈強な男たちを前にこの態度とかすげえ。


 が、これでもうらない、という選択肢はついえたことになる。つか戦る気満々以上にる気で満ちているのは気のせいにしてしまっていいだろう。気にしすぎだよー、ジン


 と、まあそんなひとり寸劇コントをしてしまいましたが、私は兵たちに一礼をして敬意を払ったあと鍛練たんれん場の中の方へ歩いていった。背中の槍は途中で外して地面に突き刺した。


 厽岩ルイガン将軍が一瞬ほどその槍に目をやり、首を傾げかけたが私と月は事前相談なく配置についてしまったので彼の方も部下たちを配置して役目をあらかじめ割り振ってゆく。


 戦は、事前の準備で八割方決着時の被害に差がでるとされている。梓萌ズームォン陛下の父君も準備をおこたるは五流のつわもの崩れにも満たないとバッサリ切り捨てていた。備え、あらば。


 その言葉が入ることわざがくのなかった私ですら覚えがあるし、当たり前だったが、こと月との連携には準備する方が邪魔になる。あらかじめの取り決めなど制約せいやくにしかならん。


 臨機応変。変幻自在。そのようにらねば動くのに面倒臭い。一年の旅路に野盗やとう山賊さんぞくといったやからと出会わない、という超奇跡、普通にありえない。ただ違うのはしつ、だ。


 相手となる人間の質に大きな差がある、と予想値は大きめに判じておく。過小かしょう評価などもってのほか。無礼だし、失礼だ。過剰かじょう評価はしないが、少し気持ちおまけをする。


「先に相手の組を全滅させた方が勝ちだ」


「承知しました、陛下。おめえら、やれ!」


「ははっ!」


「まあ、よろしく」


「ふふ、身のほどを知るがよいわ」


 陛下の声にそれぞれで返事をして身構え、私と月はその場を動かずいる。いたが相手方が仕掛けてきたのにはさすがに反応して各々で避ける。躱した先、刀で仕掛けてきた者の次は槍使いが現れた。が、関係ない。私は地面を足先で叩いて水の壁を立ちあげる。


 同時に背の方から月が火のつぶてを複数、というよりは雨霰あめあられとけしかけてきた。私はかがみついでに背にいた最初の刀のへいの一撃を躱した勢いのまま反転。足払いをかけてやる。


 だって、じゃないと月の炎弾えんだんで体に火傷穴があくことになっちゃう。ま、それはこの水壁の向こうもある意味脅威度は同じだが。向こうで悲鳴があがった。二、いや三人巻き込んだようだ。私は転ばせた兵の頭っつーか顔だな、に足を乗せてぐ、と力をこめる。


 それだけでその兵の叛意はんいは霧散した。迂闊うかつに動けば水壁の向こうにいる兵たちに続いて悲鳴、どころでなくさようならすることになる。そこにきちんと気づけたようでなによりだ。


 一方、月の方は残ったひとりを片したところだった。どこに持っていたのかおうぎ、それもただの扇じゃない。木や竹の骨組みじゃあないな、ありゃあ。はがね、いやさらに上か?


 いわゆる、大分だいぶんして鉄扇てっせんと呼ばれるもので兵の腹部を遠慮なく抉っていやがった。


 ……いや、うん。惚れ惚れするくらい容赦ねえな、あのきつね。一切尊敬できない意味で天晴あっぱれ、と言ってやろう。てめえの方が強いんだからもうちょっと手加減してやれよな。


 可哀想に。朝餉あさげは鍛練というかこの連絡のあとで、だったのが唯一の幸いだろう。


 酸っぱいにおい。反吐の臭気というよりは胃液のにおい、か。って、私も冷静に分析している場合じゃないだろ。私の足、くつ越しに震えが伝わってくる。察せたらしいね。


 てめえらの組が瞬殺、模擬もぎでなければ本当に一瞬で殲滅せんめつされて皆殺しになったであろうことを。悟ってそして圧倒的な実力差に怯えて震えている彼は刀を手放して降参の合図をしてきたので私は水壁みずかべを解除ついでに彼の顔から足をどけてやり、月の方へ向かう。


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