八四話 むすっとしつつもご報告は義務で


 皇帝こうてい陛下とユエがこそこそ話しているようだが生憎あいにく私は殿下のお目当て(?)が意外すぎて恐ろしいこのようなで知れてしまい、ぶっちゃけそれがなにより驚きで悲しい。


 顔、この微妙づらが殿下の目当て……っ。く、そうかそうか道理でね! どんな美女が来てもツンとそっぽ向いて断ってきたってわけだ。美醜判断の大事な部分が腐っておいでのようですねえ、やっぱり殿下は! だからってでも、選んでくれたのに不明、って。


 なんなの、この気分。さりげなくそれでいて盛大に誰かしら第三者にでも当たり散らしたいんですが!? ああ、これがキレるというやつの上、月いわくのブチギレ、てか?


 クソっ。他人に当たっちゃダメだという自制心と殿下が悪い、というもやもやの狭間はざまにべっちょり挟まれて抜けだせないんですけどどうしてくれるんだ、殿下あなた。え?


 それともなに。これ自分消費、自己消化しろってことなんですか。なにその放任。


 とかなんとか進んではいけない方向にご機嫌というのが爆走しそうになっている私はむしゅっとむくれたままで燕春エンシュン陛下に出がけに破壊したしき紙型かみがたの残骸を渡しておく。


 陛下はほんの一瞬、きょとんとしたが焦げ跡のついた紙の型を見てすぐ事情を察してくれた。殿下も驚きの表情で寄ってきたが、私は丁重に距離をお開けして差しあげる。


 しょんぼり。そんな効果音がつきそうな具合で落ち込む殿下だがさっきの私の比じゃないねっ! アレこそいかずちを浴びたような衝撃だ、と表現されるに相応しい心痛ダメージだった。


 と、いうかなぜにあなたが傷つくんだ、だから! まるで私が悪いみたいじゃん。


 なぜ加害者なのに被害者のような素行が許されるのだろうか、というのも疑問だが今はそれよりなによりおそらく泉宝センホウが送って寄越してきた偵察、と思しき式についてだ。


「これを、どこで?」


「私のみやの裏手へでてすぐのところです」


「ふむ。後宮こうきゅうに探りとは奇妙な」


「やはり、皇后こうごう陛下がおっしゃっていた泉宝の軍事行動と関係があるのでしょうか」


「ある、かもしれんがなぜ後宮に探りを入れていたのか、というのは不明点、だな」


 神妙しんみょうに頷く陛下に私は不思議と胸がざわついたような気もしなくもない。がまあ、いっか今は。今だけは、私は殿下に腹を立てているので。しつこい、って? 普通だろ。


 なんでめんひとつで私がわからなくなっちゃうんだって話だろう。それで、その口でよくぞ大事だなんだと言えたもんだ。天晴あっぱれ尊敬するよ、殿下。真反対、逆の意味あいで。


 ふっつーに痛手だ、これ。畜生、どうにか顔以外の部分、特徴を覚えてもらわねばこれから何度あの痛手を喰らうんだ、という話になっちゃう。声も一般的な女の声だし。


 他、他、他ー? って、なんで私がこんなに悩まなければならない。殿下が悩め!


 そして、そしてそうこうするうちにへいたちが支度を整えて集まってきたのか背後が騒がしくなる。んで、現れたのはいかにも、という感じに荒っぽさと勤勉きんべんさを備えたつわものたちだったわけだが、彼らはしょぱな疑問符を浮かべた。落ち込む殿下。いきどおる見知らぬ鬼面おにめん


 そりゃあ、わけわからなくなるな。けど、私はがんとして殿下を無視する。殿下はなんとか私の関心をこうと頑張っているっぽいけど私は聞く耳持たず、ふんと鼻鳴らす。


嵐燦ランサン、今はそっとしておけ」


「し、しかしっ」


「この件は、間違いなく断然、お前が悪い」


「ぐぅ、そ、うですが……だから」


「だからそっとしておくのだ。へそ曲げているところにちょっかいかけても余計不機嫌にするだけ。だったらほとぼり、というか怒りの熱が冷めるまで構ってやらないことだ」


 私が殿下を無視して、冷たく当たっていると陛下のたしなめの声というか説得が聞こえてきた。私が怒り狂っている間は構わない、へたに手や口をださない方が賢明だ、とね。


 どうだろう。私のこの怒りは冷めるのか?


 が、ただたしかに今は陛下が言うように殿下がなにか言ってきてもただでさえヂリヂリいっている火種に油、というか火薬だと思う。私だってこんな小さいことで怒りたくないってか自分が怒るとは思ってもみなかったので扱いがわからないものの陛下に一票。


 陛下の「落ち着くまでそっとしておけ」という案に清き一票を投じますよ、私は。


 そんで、むくれたままいるのもなんなので禁軍きんぐん所属の兵たちに向き直ってみた私に注がれる好奇、興味、関心、疑問の視線。うん、まあ。武装していても腕や脚を見れば。


 私が女だというのはわかる。わかったことだと思うし、なぜその、女である私がこの禁軍の為にある鍛練たんれん場にいるのか、がっつり不思議なんだろう。なのだが、私は無言。


 軍役ぐんえき者としてのこうも、くらいも今のところあってないような私が勝手に自己紹介したりだとかするのは傲慢ごうまん、というものだ。そういうのは陛下たちに任せておく方が順序じゅんじょよい。


 預かる前から変なわだかまりや反抗心なんぞ抱えてもらっても困るわけで。そこは陛下の方が熟知しているようで一歩前へでた。すると兵たちが一斉に膝をついた。すげえ壮観。


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