禁軍の鍛練場にて、詰所にて、宮にて

八三話 鍛練場に到着直後、大打撃


 後宮こうきゅうの裏道、おも下女げじょたちが使う、とされる道をユエを伴って歩く。少し、アレがあったので早歩きにはなったが、徒歩で進むこと一刻いっこくばかりで目的地が「聞こえて」きた。


 遠くなく近くもない場所に建つ皇宮こうぐうからさらに四半刻しはんこくで到着した平屋ひらや建てのまさに詰所つめしょといった雰囲気ふんいきのそこは騒がしい。やれ「とっとと起きろ!」だの「へいっ!?」だのだったのがずっと女のその側に住んでいた身には物珍しいというか、なんというか……。


「私の口はおとなしい方だったんじ」


「たわけ。暴言へきのある女がそもそも変ぞ」


 叱られた。いや、むしろ突っ込まれた? そ、そうなのだろうか。むらで「飼育」されていた時はまったく違和感なくあの手のことくらい言い返せなければ理不尽がつのった。


 だから、仕方ない私の仕様しようなので諦めろ。はい、気持ちを切り替えて私は起きだしていく詰所であり宿舎しゅくしゃでもあるっぽいそこを素通りして鍛練たんれん場とやらに足を向けて進む。


 月の納得していない雰囲気を感じたが、無視に処しておいた。だってもう変わりようがないんだもの。このは。きさきとして整えるは整えるが、いつもは疲れるし、息抜き。


 息抜き、休息、これ必要。そう自己暗示しておいて歩みを続ける私の背に続く月はしばらくしてふ、と笑いを零してついてきた。そうしておもむいた先で待っていたのは当然のことながら、この国におけるとうとき男性たちおふたりだった。さすがに皇后こうごう陛下は無理か。


 一応、彼女は後宮の主としてる。管理外、管轄かんかつ外の場所にそうやすく顔だしできる方法は限られてくることだろう。ちょっと残念だ。この武装を彼女にも見てほしかった。


 ま、今後どこかで機会があるでしょ。そう思って私はその場で雑談していた男性たちに気づいてもらう為に沓音くつおとを立ててふたりが振り向く前にしゃがんで拱手きょうしゅしておいた。


 彼ら、皇帝こうてい陛下、燕春エンシュン様と皇太子こうたいし殿下、嵐燦ランサン様は膝をついている私に一瞬固まっていらした。……あれ、誰かすら気づかれていないとか? ま、まっさかー。そんな変か?


「えっ、と……?」


 おいちょ。殿下、あなたね、それはさすがに失礼なんじゃないか!? いかに完全武装していると言ったってこの背格好は見慣れた者のものでしょうがよッ! え、ええ?


 私が衝撃のあまり口利けずにいると背の方で押し殺したくすくす笑いが聞こえた。


「その面……もしや、ジンと月、か?」


「えっっ!?」


 ちょおおおおおっ! 殿下、私、あなたのその反応に今世こんぜこれまで向けられてきた仕置きなど目でなく傷つきました。てか、皇帝陛下も遅っ!? この鬼面おにめんつけているのひとりっきゃいないでしょうが! なんなんだろう、このむなし悲しい気分というか痛みは。


 月は、だがとうとうこらえられず大爆笑で狐面きつねめんを外してにやにやと私、落ち込んでその場で撃沈げきちんしてしまい、両手両膝につけてガーン、ガーン沈んでいる私を突っついた。


 悪戯いたずら大好き狐としては自分がかすのもおかしかっただろうが、私の存在そのものがドッキリになってドッキリ素材そちらも意気消沈したのがおかしくてならないご様子。


「むしろ、なーぜ気づかんのぢゃ? 特に皇太子はいとしの后殿ぢゃというのに迷い口調丸だしであったのう? そのおか、いや、せいでかなりしっかり落ち込んでおいでぞ」


 月。てめえ今、「お陰」と言いかけなかったかこのクソぎつねっ! くっ、いいもんいいもん。殿下にとって私は顔だけ女だったということなのだ、ろ、うか? ……い、いかん。なんか余計に衝撃キた。これ、想像しちゃいけなかった可能性だったんでしょうか?


 悔しさか、悲しさか、心痛か知れないナニカのせいで目から汁の芸をしそうになったが私は居住まいを正してちょっと、少しだけ、結構わりといやおおいに不機嫌になる。


「へんぼーしていてどうもすーみませーん」


「うっ、す、すまないっすまなかった、静」


「いいのです。殿下は私の顔が目当てだというのがわかったので。ちょーっとの間、この鬼面をつけていなかっただけで私が私だとわからなくなってしまうのは仕方ありま」


「静っ!? 断じて違うから母上にはそのような言い方をしないでほしい。違う。ただあのいかにも歴戦れきせんの将、といった雰囲気で指導教官役が新着して早く来たものだと思」


「殿下がどう言い訳なさっても気づいてくださらなかった事実は変わりないですっ」


「ぅぐ、ほ、本当に申し訳な、い……っ」


 ちくちくねまくりの私に殿下は本当に心の底から愕然がくぜんと驚きまくった様子からこちら様こその底の底まで沈んでいきそうなくらい真っ暗い表情、漂白されたような表情となって謝ってくれるが、私はぷんす、と膨れっ面で流した。殿下はあわあわおろりろ。


 その殿下の背で――。


「ふむ、すでに尻に敷かれておるようだな」


「そのようぢゃのう。これもまた怪絵図かいえずぞ」


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