八二話 朝餉食べて予定通り出発。と、思ったら


「いただきます」


「うむ。今日のはちとだけ豪勢ごうせいよの」


「うん。景気けいきづけとでも思って」


「景気づけ、のう? ま、補佐ほさまかせい」


「ほどほどに期待しているよ、ユエ


 たくに並べてもらったのはくらげ入りの三色なます。あつものにはひつじの肉と根菜をどっさり入れて煮込んだもの。こちらには薬味も適量足していただく。今日の水気を少し抑え気味粥は私にはちょっと重たいくらいだが、力をつけねばならないので取り分は食べておく。


 それでも月ほどは食べられない。健啖けんたんだなあ、このきつね。おまけに酒豪しゅごう。胃腸が頑丈すぎるだろ。さすがあやかし。……いや、これは私が少食なだけか。比べるひと欲しい。


 ただまあ、贅沢ぜいたくな悩みというか相談だというのはわかっているのでねだる気ない。


 食事を済ませたのであとを片づけて皇后こうごう陛下からのご下賜かし品で思い入れのある武具である大きな、一般的な槍類より長く、太く、大きいそれを壁につくってもらった武具を飾る場所から持ちあげて軽く振る。と、月がマジものの化け物発見みたいな目を向けて。


「おい、なんだ、その顔」


「い、いやあ、わらわも長く生きとるし、化け物じみた人間というのもいくらか見てきたつもりぢゃったがぬしほど飛び抜けてふざけた膂力りょりょくを備えた女ははじめて見るからのう」


「なんだ、男ならいるんだろ?」


阿呆あほう。男女の差を考慮こうりょせんか」


 そりゃあ、基本的な体のつくりが全然違うのはわかっている、気ではいるがそこまで大差っつーほどはないだろう。同じ人間という生物の、性別差なんてそんなあるかあ?


 私が月、意味不明だこいつなどと考えているとめんをつけていてもわかるらしき月が心なしげっそりした様子でいるのが見えた。なに、こいつ。本格的に呆れ果てたような。


 で、私が納得できずいる間に月は「言っても無駄だのう、こりゃあ」とでも言いたげにそっぽ向いた。ちょっと槍のがないところで殴ってみてやろうかと思ったが遠慮。


 あとが怖いもん。この狐の恨みは猫の以上にたたるっぽいので。七代しちだいどころか一〇〇とか一〇〇〇とかいう途方もない年月祟り続けそうで怖いし、力に訴えるのはもう少し過剰かじょう悪さをした時にしてやろう。こっちも無駄に心労つくりたくないし。あっちも、だし。


 あちらだって主人だとさだめた私の覚えが悪くなるような、そういう悪手あくしゅを取るつもりもない。でも、お仕置きされるのはしゃく。なんていうなんとも面倒臭い性格なのでね。


 そうこうあったが、予定時間になったので私は背に大槍を負ってみやを裏からでた。表からこの姿で堂々でちゃバカ極まれり。まあ、完全武装で宮からでるのは今朝だけだ。


 遅刻しないように、途中で着替える手間をはぶこうと思っただけだ。帰りはへいたちの詰所で武装解除とよろいだけは脱いで月に預けて軍装ぐんそうで帰る。んで、途中ちゃんと着替える。


 鎧を預かるのは快諾した月だったが、武具もというのは露骨ろこつにいやそうだったな。


 そんなに重いかな、これ。と背を一瞬したが、見えたのは槍の柄と背に変装した月の姿だけだ。月はこれまたなにかの暗示あんじなのか、狐面きつねめんをつけている。仮面かめんふたり組、か。


 めちゃくちゃ怪しいなー。誰かが見ていたら。生憎あいにくもなく宮の周囲には月が結界けっかいを張っているし、こんな朝早く起きだしている後宮こうきゅうの人間はいない。人目ひとめは、一切、ない。


 が、私が気づいたものにこの鼻の利く狐が気づかぬわけもなく宙空ちゅうくうを指で切った。


 すると、ぼ、ぼぼ、と火の玉が現れて人目でない視線を攻撃した。撃墜げきついした、が正しいだろうか。落ちてきたそれを拾って火の粉をはたきつつ破って無効むこう化させておいた。


 紙型かみがたしき。すん、とにおえばかすかに原料としている木とじゅつと共にきしめられたこうがただよう。月に確認するが、首を横に振ったのであの時のと別の役目を負った式か。


 私はそいつが機能停止していること、偽装ぎそうでなく紙に封じられた術式じゅつしきが死んだのを月に確認してもらい、ふところにしまっておいた。早速、「ご報告」ができてしまった。はあ。


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