七九話 思わぬところで武具入手


 陛下のお話では晩年すえまで最前線でいくさ従事じゅうじし、戦場せんじょうで果てたのだと言っていた。


 まさしく戦の鬼。……ああ、それで? 私の鬼面おにめんになぞらえてこの槍を持たせてくれるということだろうか。亡き父は戦の鬼だった。鬼妖きよう加護かごを持つ私に形見の武具を。


 それがとても自然で、なんだか陛下らしいと思えてしまった。殿下もよろいはあるが武具はどうしようか、と言っていたところだったので私はありがたく借用しゃくようすることにした。


 陛下の父は水性すいしょうが強い方だったのか、私の手にこの武具はよく馴染んでいる。そんなふう思えた。試しにユエに渡したら「ぬ、ぬし、よお片手で持ったの?」言われた。


 月もあやかしで膂力に関しては人間なんぞの比じゃない筈だが彼女は火性かしょうきつねだ。


 男性体で水性の鬼妖にかれた私ではないのでそこは致し方ない。当たり前に膂力りょりょくにおいては私の方へ軍配ぐんばいがあがる。必然ながら当然の事柄。私は月から槍を取りあげてやり、重さと水の気から解放してやる。苦手な水の気にてられて月は珍しく膨れている。


ジン、その槍があなたを守りますように」


「もったいないお言葉です、陛下。では、お借りし、いえ、ありがたく頂戴ちょうだいします」


 陛下はゆずる、と言った。だから私も言葉を変えて借りるのではなく頂戴する、と言っておいた。それが礼儀だ。思い入れのある大切な武具の譲渡じょうとに関して交わされる言葉。


 侍女じじょたちは陛下のどこか安堵あんどした様子に涙ぐんでい、る……? はて? なにが。


 もしかして、ずっと、後悔だったのだろうか。あの時語ってくれた言葉以上に大好きだった父に息子の存在をほこれず、形見に武器だけが手元に届けられて。槍を、恨んだ?


 そうだとしたら、悲しいな。戦場いくさばで果てたその男に無念があったのかどうかを知るすべは私たち普通の人間にはない。武器についた痕跡こんせきから探ることが多少なり叶ったって。


 梓萌ズームォン陛下の無念。彼女の父の無念。それらをこの槍は抱えて長い年月をすごした。


 孤独。そう在りたいと望む者もあらば、望まず孤独にちていってしまう悲しきも存在するのがこの世だ。それがいたわしいと思えるうちは私も大丈夫というものだろう。


 そう、在りたいと願う。人間として生きることはハオが望んでくれた私の未来だろうと思うからこそ。だから、救ってくれた彼に感謝している私は少しでも望みに沿いたい。


 寄り添って、沿いたい。浩という偉大にして慈悲じひ深き鬼妖の愛にも似た情に報ってあげたいと、そういう気持ちと似ているだろうか。それともまったくの別物、なのかな?


 わからない。私には親なんていたことなかったから。ただ、そうだなあ。感覚としては人間が二匹、私の肉体をつくって捨てたのを浩が拾ってでてはぐくんでくれた、感じ。


 だからか、私はどこか薄情はくじょうであるように思える時が多々と。ただ、このこれにもいい点があって。美朱ミンシュウ様がいい例だが、姉妹の子が面倒臭いことをやらかしたあとの尻拭いだのがなくていい。親族がいない。淋しいけど、それ以上に快適さがあるので仕方ない。


 けっして人付き合いが面倒臭いだのじゃないとは思うようにしているが、怪しい。


 我がことながら非常に、怪しいのだ。


「我が軍が出陣するとしてもまだ一〇日は見ておいていいわ。他の国々も牽制けんせいに動くでしょうから。そのかんをきちんと取ってあげるのも大事です。明日、禁軍きんぐんと顔あわせを」


「はっ」


「……。ねえ、静。あなたが羨ましいわ」


「殿下は違う方面で文句しそうですがね」


「そうね。自分で発案しておいて、ね?」


 違う方面。私が怪我をしたら云々だろう。戦で軍を動かす将となることで殿下のきさきであることを隠す。さく自体は良好だが、怪我をしないとは限らない。そこは心配だよな。


 でもね、殿下。心配してくれるのはありがたいけど私はただの、たかが人間に負けるつもりない。なにせ私は鬼の娘。なにせ私はあなたの后。なにより、私は隣にいたい。


 あなたの隣で生きたい。はじめて気持ちをくれたあなたと少しずつでもいい、歩んでいきたいと心から願っているので。そこを疑わないでほしい。この心に宿る芯の強さを信じてほしいと望んでいる。これが私にできる精一杯の言葉ならぬ愛情の表現ですので。


 言葉、だなんて嘘臭い。言葉は弱くて強い。言質げんちを取られて御霊みたままで拘束しかねない危ういものであってもろくてつまらない。私と中の浩をつなぐ言葉なききずなの方がより強い。


 そう思えてしまうからこそ。殿下も私の思想に共感を示してくれるのか、初見時よりは愛の言葉は減少傾向にある。本当のところはどうなんだろう? 言いたいのかなあ?


 わからない。まだまだ他人同士だもの。家族以上に、親以上に強く深く繫がっている浩に殿下が劣ってしまうのは致し方ないことであろう。……まあ、納得できんと思う。


 本当に殿下は愛が重、もとい深くてずっしりクる。当人に悪気も悪意もないんだとはわかっちゃいるが、こうもアレだと先々が恐ろしい。まさか、だが四夫人しふじんを選ぶだけ選んで足は運ばない。だなんてことないよ、ね? そんなことになったら私、死んじゃう。


 いえあの、殿下がどうのこうの、ある意味どうのこうのだけど、でもうわああ!?


「まあ。どうかしたの、静?」


「いえ、あの少々違う心配が湧いてきて」


 顔にでちゃっていたようです。でもま、いざとなったら、陳情ちんじょうすれば、殿下だって聞きわけてくれるでしょうよ。ん。物事は明るく考えておかないとね。そういう話題は。


 戦の話。そうした陰鬱いんうつさが宿る話においては場の空気を読んで時に明るく振る舞えどもすべて命ありきの場である以上は慎重に考えないと痛い目を見ることになるからな。


 でも、禁軍。禁軍かあ。どんなつわものたちがつどう部隊なんだろうな、私が受け持つの。


 あまり荒くればっかりでは困るけどだからと細いのばっかりでは話にならない。均衡バランスが大事だ、何事も。術師じゅつしも必要はそうだが、基本は刀を振るう武士もののふたちが幅を利かす。


 と、いうのが私の認識だった。そして、それはあながち間違いでもなかったわけだが正確にはちょこーっと「あれ?」な者がわりかた集まっていたのを知るは翌朝でした。


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