不穏な一報を頂戴し

七八話 様々あった茶会が終わって……


 絶対ほぼほぼ十割やぶるに決まっている。信用がない、って? 当たり前だ。あやかしの言うことを呑んで、丸呑みしていては痛い目に遭う。それは一年の旅路で発見済み。


 ユエ甘言かんげんまどって、彼女の美貌びぼうとちらちら見せつけられる美体びたいに目がくらみ、賭け事にきょうじたある意味勇敢なおっさんたちの間違い勇姿を私は忘れられないですとも。絶対。


 次から次へカモられるおっさんたちだが諦め悪く「もう一勝負!」と言って下着一枚になっていたからな。真冬に。月は多少肌を見せることになろうと火性かしょうのあやかしだ。


 寒さには耐性をつけられている。少々のことではかじかみもしない、という感じ。


 まあ、私もひとのことは言えないが。月がおっさんたちを絶賛カモって旅費もとい宿代稼ぐ間に近くにあった川へと入って素手で魚獲り、などに興じていたものですので。


 それこそ寒さなんて、水に関する熱いだの冷たいだのは私には通じない。北領ほくりょうで育った以上にハオが入っているから皮膚の暑さ寒さを感じる感覚器官が死んでいるのかもね。


ジン、月も一緒にど」


「いえ、陛下。甘やかさないでください」


小姑こじゅうとか、ぬしは」


「まだそこにいたりたくないから諦めろ」


「ぶー、ぶー、ぶーっ!」


「陛下、どうやらきつねが豚になりたいようですので養豚場ようとんじょうのどこかを空けてください」


 皇后こうごう陛下がよし、と言えばこいつは遠慮しないので甘やかし厳禁です、と言っておいたら月はささやかな反抗を示し、小姑だのと言いやがったが私も負けていないし返事。


 正しい返事をしておいたらば本格的にねて抗議しはじめたので私はある意味付き合って陛下に養豚場を一部空けてほしい、と結構本気冗句じょうくしておいた。陛下はくすくす。


 いや、陛下だけでなく美朱ミンシュウ様も桜綾ヨウリン様も、だ。私たちのやり取りがおかしくてならない様子ではあるが、私はあまり、というか全然まったくこれっぽっちもおかしくない。


 それから茶会は平和に進み、陛下は様々な菓子や茶けに軽食も用意してくださっていて終わり頃には私は昼餉ひるげらないかも、というくらい満腹になった。珍味ちんみも数品あって飽きさせない。と思ったらこれらは皇后が用意できるほんの一部である、とのことだ。


 やがて、昼餉をねた、兼ねてしまった感が特盛とくもりである私は最後にだされた茶の一口を飲んで満足顔の皇后陛下が散会さんかいを言い渡したので月を連れて四阿あずまやを月と共に退出し。


「静、いいかしら?」


「は、はい」


 退出しようとしたら陛下に呼び止められた。私は急いで振り返ってみると陛下付侍女じじょたちが三人がかりでなにか持っていた。……? ここに来た時から大荷物だとは思っていたが、アレはなんぞや? どう考えてもお土産にはごっつい雰囲気ふんいきがあるというのか。


 なんだろう? といぶかる私だが陛下が微笑むので受け取って侍女たちを重量から解放してあげる。思ったほど重くもないんだが。アレか、筋肉の質だとか量の差、だろうか?


 侍女三人は平然と片手で受け取り、持ちあげる私に愕然がくぜんとした顔をなさる。うん。


 気持ちはわからないでもないが、そんな化け物見る目で見なくてもいいことない?


「あの、これは……?」


「今朝方、くさから報せがありました。東の大国、泉宝センホウにおいて軍事行動あり、とね」


「!」


「まだ、どこへ向けて進軍かはさだかでないのですが、天琳テンレイである可能性は濃厚であろうと陛下も、わたくしも、小燦シャオサンも考えています。なので、静。覚悟していただきたい」


 それは、つまり、初陣ういじんの覚悟――。私にとって初の戦で相手となるのは殿下を闇討やみうちしようとした泉宝の者たち。きなくさく動いている。いずこかへの進軍、出陣と睨んだ。


 少なくとも天琳の重鎮じゅうちんたち含め、陛下たちは備えなければならない、と構える用意に入っている。そして、私に覚悟と来たなら私に先鋒せんぽうを任せる、という解釈かいしゃくでいいだろ。


 そうでなければいったいなんの為にそんな情報を私に流したのやら、だ。ともすればこの荷物、侍女たちが三人がかりでようやく運べていた荷の正体もしてはかるべし。


 陛下が目でいいと許可をくれたので私は荷に巻かれたひもをほどいて布を取り去る。


 長い棒形状。保護の布を押しあげる鋭い先端からしておおよそ想像はついている。


 そして、予想通り。現れたのは鋭利な切っ先を持つ特大の長槍ながやりだった。……しかも新品じゃなく年季ねんきが入っているばかりか、丁寧に手入れされている。思い入れのある品?


「かつてこの国に仕えていた将軍はひとりでわたくしの父が使っていた得物ですわ」


「な、そ」


「どうか、使ってください、静」


「ですが」


「あなたになら安心しておゆずりできます。武具は使われてこそ本懐ほんかいを遂げられます」


 いや、だからといって偉大な父の形見をこんな、我が子の皇后候補程度に下賜かしするのはやりすぎではないでしょうか、陛下? そんなふうに思うのはもしかして、私だけ?


 しかし、見れば見るほど立派な武具。こんな得物を使えていた梓萌ズームォン陛下の父というのはよほどの勇名ゆうめいをはせた将軍だったんだろうな。刃の輝きもさることながら蛭巻ひるまきにいたるまで使用、もっと言って戦闘に特化した形態形状をしていてそのひととなりも見える。


 謹厳実直きんげんじっちょく。まじめ。堅物かたぶつ。そうした単語が似合いそうな歴戦れきせんの将軍様だったのだ。けど少し、娘には甘かったとかいう一面があったらそれはそれで人間臭くて好ましいが。


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