七五話 当然っちゃあ当然だよな


魅音ミオン徳妃とくひ美友メイユウ賢妃けんひ皇帝こうてい陛下があなた方の処遇しょぐうを改めてくださったようですわ」


「へ?」


「な、あ……?」


 宣言を終えるなり、陛下は皇帝のお言葉が記された木簡もっかんを顔高めに持ちあげて朗々ろうろうと読みあげはじめた。そこにあったのは予定通りで結構それなり、というか驚きの宣告。


「本日この時を以て汝らを廃妃はいひとする」


「……。……は?」


皇太子こうたいし他妃たひの前であってもののしる。よもや、後宮こうきゅうに置けぬ害意は看過できかねる」


 それだけ。たったそれだけが書かれていたらしき木簡を皇后こうごう陛下は侍女じじょに言ってユエに届けさせ、しっかり意図を汲んだ月は木簡を手のひらに発生させた火性かしょうで炎上させた。


 木の端切れは上品な香りを四阿あずまやに添えつつ燃えていき、炭に、灰になっていった。


 このにおい、香木こうぼく? うわ、高価な紙の代わりだと思えないくらい高級な木への書きつけだなあ。それともアレか。仮にも上尊じょうそん四夫人しふじんに対する書きつけだから奮発ふんぱつしたの?


 いや、それ以前におそらくもなく殿下からでも苦情があったと思うのになぜ今になって処遇を改める真似を皇帝陛下はなさったのだろう? もっと早く切ってもよかった。


 少なくとも殿下が賢妃からの嫌がらせにほかならない贈り物の悪意を嫌悪しているのならば当然に。あってしかるべき処断しょだんだった筈ではないのか。もしや、違うんだろうか。


 なにか理由があって? 今回のことにいたるに相応しい原因があったとしか、そうじゃなきゃあ殿下があんな、私がこの、くだんきさきたちに会うというのすら渋ったってのに。


「は、はいひ……っ? ば、バカな」


「バカ、はあなた方ではなくて?」


 徳妃、魅音だのいう厚化粧だった化粧剝げのそんな筈はない、みたいな音をさえぎったのは他の誰でもない皇后陛下そのひとだった。じろり、と音が付属ふぞくされそうな、眼差し。


 射殺いころしそうな目。さすが、将軍として従事じゅうじした者の娘として後宮に入り、殿下を産んで皇后の地位にかれただけのことはある。その威圧的な視線と低めの声は父譲りか?


 だとしたら、梓萌ズームォン陛下の父も浮かばれる。我が子がここまで立派に、きさきとして、ひとりの母として立っているのだから。特に今の陛下は男に勝るとも劣らぬ迫力があるし。


 威圧的にふたりの元最高妃嬪ひひんを眺め、というか一瞥してふう、と重い息を吐いた。


「わたくしの前で嵐燦ランサン虚仮こけにしたことをなぜ母たるわたくしが見過ごし続けると思えたのでしょうね。それにジンをバカにしたことも大罪たいざいでしてよ。このコは未来の皇后。わたくしが育てた大切なひとり息子を支えてくれる気概きがいを見せてくれている大事な娘です」


「た、たかが候補じゃ」


「あら。まだわからないの? 美友賢妃。なぜ陛下がわざわざ元四夫人に上尊だなどとご大層な称号を授けたのか。本当にわからないのならその頭にはうじが湧いているのね」


 ? どういうことだろう。後宮に置き続けるのに四夫人の座を退しりぞいて上尊とかんむりをつけた新しい座にのぼるというだけではない、ならどういう意味あいでそうしたのだろう?


 私がひとり「はて」なんて思っていると後ろの月がこっそり予想を教えてくれた。


「指導係ぢゃ」


「え」


「今、ぬしに他ふたりがしておるよう、新しく後宮入りした者たちへ作法さほうのなんたるかをあらかじめ、改めて教える講師役としての地位、それが四夫人が敬うべきとうとき妃、といった意味でつけられた称号であろう。皇后は皇太子の即位そくい皇太后こうたいごうになるが、他のは」


 ああ。なるほど。現皇后にして未来の皇太后ばかり贔屓しないように配慮した結果として上尊四夫人、という新しい制度を実施したが、それを二名はものの見事に勘違い。


 自分たちは今でも皇帝陛下のちょう厚き四夫人であり、女であり、他とは別格だ、と?


 いや、あの。本当にバカじゃねえの? 皇后陛下だけが皇太后として後宮に留まることで膨れあがる不満を抑える意味あいでつくった制度を美朱ミンシュウ様と桜綾ヨウリン様は理解し、相応しい講師役に留まろうと努めてくださった。……今のところは私にだけ、なのだけども。


 今後は他の新しい四夫人たちにも指導を行うつもり、心積もりでいたふたりとは違って勝手に偉い、と思い込んでいた勘違いはなはだしい上、殿下を虚仮にしたこいつらを皇帝陛下もさすがに庇い切れなくなった。そういうことだ。特に、皇后候補の前でけなしては。


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