七四話 後宮の二大嫌われ者だったようだ


 この豚共は私の琴線きんせんに触れた。私に手を差し伸べてくれただけでなく大事にしてくれる殿下をけなした罪がこの程度でつぐなえると思ってもらっては困る。全っ然おさまらない。


 アレか? いっそその醜い性根しょうねにあわせて顔もただれさせてやろうか、こいつらは。


 二度と人前にでられないように。離縁りえんされても再度どこぞに嫁ぐこともならない、そんな女としての死を味わわせてやるべきだろうか。どうせ後宮こうきゅうにいたって意味がない。


 こいつらの腐った性根は治りゃあしない。それならいっそ追放される理由をつくって差しあげることが親切じゃないか? 心身共に醜いのででていきます、と言いやがれ。


「こ、こほの、上尊じょうそん四夫人しふじん、に」


「はて。あなた方がせんだって散々にきおろしていたのがこの後宮、いいえ。この天琳テンレイの国においてどれほどにとうと御方おかただったのか……よもや、そこからわかりませんか?」


 ぐ、と声が詰まった音。悲鳴の合間に吐いていた私からすればたかだか「文句」を呑み込める程度には知能が多少、少々は残っていたようだけど私はその後始末、しない。


 服は襤褸ぼろ切れ。腕や脚といった服が焼けて剝きだしになった箇所は火傷を負ったあとで爛れが悪化したのと似たような状態。妖力水ようりきすいの二割原液だ。当たり前の威力だろう。


 これが原液、本当に正真正銘の原液だったらこのふたりはもうここにいない。腐ったくさい水となってこの庭の、なるかは不明だが養分になっただろう。手加減に感謝しろ。


嵐燦ランサン殿下を、あの潔く優しき方をそしる真似はきさきである私が絶対に許しませんっ!」


「な、な、たかが殿下の后候補風情が」


「あら、あなた方こそ未来の天子てんし様に向けた罵詈雑言ばりぞうごんを都合よくお忘れかしら? ここにいらっしゃる上尊四夫人のおふたりと皇后こうごう陛下とて一言一句違わず記憶していてよ」


 普段の私らしからぬ口調で言えばふたりはハッとして三妃さんひを恐々見やった。特にそう皇后陛下、皇太子こうたいし嵐燦殿下の母君であり、後宮の絶対、と皇帝こうてい陛下が言っていた方を。


 梓萌ズームォン陛下がびしょびしょの濡れ鼠以下というか濡れ下衆げす豚共に向けたのは、満面の笑みであった。なん、か殿下のことを叱り飛ばす時の笑みでさえ加減があったのかしら?


 そんな威圧感半端じゃない微笑みでいる陛下は阿呆あほう醜女ぶす共を一瞥し、侍女じじょに合図したかと思ったら木簡もっかんになにかをしたためていった。それを彼女の侍女の中では若い者に持たせて庭から使いにだした。その流れで茶器ちゃきを手にした陛下のお言葉はまあ予想通り。


「さてさて、長らく耐えて放置した腐臭ふしゅうジンのお陰で片づきそうでなによりですわ」


 きついお言葉だが、正当な言葉だ。そう思ったのは私だけではなかった。他の上尊四夫人であり、私の講師役を担ってくれているふたりもにこやかに茶器を手にして言う。


「同意ですわ、陛下。ですが、静による聖なる洗浄のお陰もあってか清々しいこと」


「ええ、まったく。私もそう思います」


 ……ええと、この醜女二匹はどれだけ他の妃嬪ひひんたちに嫌われていたんだろうかね?


 ただし、三妃共私が手厳しくしっかりしつけたという判断なのかそれ以上は言わず。


 私に座るよう目で促し、陛下の侍女のひとりが私の茶を新しくれ直してくれた。なので、私は月に円扇えんせんを預けて醜女二匹には顔バレしないように気をつけて茶を含んだ。


 静かな秋近づく庭に茶を飲む静かな喉の音と特等とくとう醜い豚二匹がひんひん泣いて鳴く声だけがする。ああ、お茶すごく美味しい。陛下たちは豚共を無視したまま茶けにだされた地瓜糕じうりこう――なんと時期の先取りで甘藷さつまいもを使ったお菓子――も上品に食べておられる。


 せた土地を切り拓いた農地で引水もままならずいさかいあう貧しいむらの出である私はもちろんはじめて食べる。黒文字くろもじで切っていざ一口。……あ、甘い。おい、美味しいっ。


 これは、至高の贅沢? いや、たかが私の紹介茶会ちゃかいに用意させたものだし、そこまでじゃないか。でも、この夏が残った時期に甘藷の菓子など相当高いのではなかろうか?


 と、貧乏びんぼう根性が抜けずついつい勘定かんじょうに走りかけてしまうが美味しい。これは菓子だけでここに来てよかった。豚二匹のきたないふごふごがあったものの、これは素晴らしいよ。


「……たかが妖力水の二割原液をぶっかけて満足かえ、静? わらわなら灰も残さぬぞ」


「まあ、静。アレで二割なの?」


 そこ? 桜綾ヨウリン様って着眼点が結構独特な時があるよなあ、とはいえ普段妖力水で手入れしているからこその質問だし、私は菓子の最後の一口をユエゆずってやり、茶を飲む。


「ええ、まあ。人体に害を与える濃度なら二割が最もお手軽ですから。それ以上にあげると月じゃないですが、ぐずぐずに溶けてこの庭を穢す腐れ養分になったでしょうね」


 茶器を置いた私の丁寧な答に皇后陛下も美朱ミンシュウ様もそしてもちろん桜綾様もゾッとしたと言いたげなお顔、を隠した。そして、陛下がお使いにだしていた侍女が戻ってきた。


 侍女はいまだ泣き続ける品性ひんせいの欠片もない豚共をけがらわしそうに眺めたがすぐ陛下に陛下が持たせたのとは違う、もっと上質な木簡を差しだした。受け取って一瞥。微笑びしょう


 微笑み、なのはそうなんだけどどうしてだろうか、この悪寒は。こ、皇后陛下、お顔がこれまで見た中で最凶さいきょうに怖いですよ? あの、気づいてい、るはいるんだろうなー。


 にっこにこ、と音がつきそうではあるが内心の怒りが活火山かつかざんよろしく噴火しまくっているのが心を覗く力がなくてもわかるもん。こ、この方だけはやっぱ怒らせないどこ。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る