七三話 ゴミクズに我が水の天誅を


 私の思考がえる。瞳に相応圧が生まれているのだろうというのは私を見るユエの表情でわかる。こいつも一年の旅の道中で、後宮こうきゅうでの二月ばかりでしっかりと学んでいる。


 ひく、とひきつった表情。私が本気で怒った時の、月が「悪鬼、閻魔えんまのようぞ」という目をしているのだ。言われなくとも、わざに指摘されるまでもなく私にも自覚ある。


「ほらあ。殿下ってえ、女のよさがわかっていないというかあ? 禁城きんじょうの殿方としてのお役目が理解できていないというかあ? 選んだーとしてもお、どれほどのものかあ」


「言えるな。私のところの侍女じじょだけでなく下女げじょたちにすら下衆げすを見る目を向けるし」


「と、いうかあ、そんな方が次期天子てんし様だなんてこの国の前途多難以上というかー不安になっちゃいますわねえ。衆道しゅどうが本心じゃあお世継よつぎもつくれるかはなはだ疑問でぶおっ」


 きたない、声がでた。厚化粧女から非常に醜い下品な声がでてここに最初からつどっていた三妃さんひ方が疑問を浮かべてけがらわしい言葉の群れを無視するのに逸らしていた視線を戻す戻して目が点になってしまっていた。そこにいたのは華美かびな服をぐっしょり濡らした女。


 その女の隣にいて女の言葉を笑っていた死に化粧の女も遅れて濡れる。濡れる、という現象を見て三妃が見たのは――当然、私だ。私は四阿あずまやの中、立ちあがってふたりのきさき円扇えんせん越しに睨みつけてやった。円扇を持っていない方の手には水のかたまりをつくっていく。


 いい加減、我慢の緒が、堪忍袋が限界だった。笑いのツボが吹き飛ぶほどにいきどおる。


「ジ、ジン……?」


「口だし無用に願います、陛下」


「……。ええ、よくってよ」


 皇后こうごう陛下の許可がおりたので私は遠慮なくふたりに追加の水をくれてやる。腐ってしおれた花は手入れしないと。それも特別妖力水ようりきすい、こいつ使って手入れしてやろうじゃん。


 私が今度は妖力水をつくってふたりに差し向ける。緩やかに手を向ければそれだけで水たちは腐った花、元花たちにぶっかけられていく。ちなみに妖力ようりょくの加減はほどほど。


 一応「お大事」な顔にはかからないように体各所にぶつけてやった。それだけで充分えぐい仕様なので、私は円扇の陰でふん、と鼻を鳴らして笑った。ざまあないこった。


 びしょ濡れの女共。妖力水が当たった箇所はボロボロに溶け崩れているありさま。


 これを見て、いつも補修ケアに使ってもらっているふたりは察したようだ。ひとりで使うなら濃度は最低限に抑えて極力使わないように、どうしても気になる荒れだけに使う。


 これを守ってください。と、口酸っぱく言った理由がわかったのだ。衣服が焼けるジュウジュウ、という音。妖力水がうっかり、触れてしまった肌はたちまちただれていく。


 妖力水はどこまでいってもあやかしが本来は攻撃の為に編みだしたののしぼりかすでおまけの副産物ふくさんぶつとして私が使っているものだ。田畑の作物に刺激を与え、栄養を取り込ませたり、人間の肌に使って生来せいらい持っている力を活性化させている。……薄めた場合だけ。


「きゃああああああっいだひひひいっ!?」


「ああ、あ、あああ゛あああああッ!!」


 妃ふたりの、もっと言って年増としまのクセ若ぶった醜女ぶす二匹の醜い悲鳴うるせえっ!


 私の怒りはまだまだ晴れていないが、このくらいにしておかないと暴れて飛沫しぶきを散らされたら他の妃たちと皇后陛下にまで害が及びかねない。ま、そうなろうと治せるが。


 妖気でついた怪我なら妖気を使い簡単に癒やせる。ただし、このふたりには必要ないったらない。この醜女、もとい豚二匹は言ってはならないことを言った。罰が必要だ。


 殿下のことを決めつけて、けなして、皇帝こうてい陛下の妃嬪ひひんだからといい気になって、天狗てんぐになってやがる愚かで身のほど知らずの不細工ぶさいく共に思い知らせてやらねばならないだろ?


 そう確定して円扇陰で口角を吊っている私に月の声が聞こえた気がした。「憐れというか気の毒というか。まあ究極の阿呆よなあ。くわばらくわばら」なる呪文もどきが。


 くわばら、ってなに? ってのはいいか。


「失礼。手が滑りましたわ。ああでも醜い御身おんみに清浄なる水浴びが叶ってよいこと」


「は、はあ? はあああっ!?」


「あら、「素敵な」お化粧がまばらに剝げて不細工に研きがかかりましたわね。でも、すさまじくお似合いでしてよ? 名も知らぬお醜女豚二匹様方。その性根しょうねにぴったり」


「貴様、いったい……っなにを!」


「はい? 目の前に現れたこれまで見た中で最たる穢れを洗浄しただけですし、文句を言われる筋合いはありませんわ。だって、ねえ? 汚らわしい泥が如き言葉がバンバン飛びでるんですもの。穢れとよごれと異臭がいた腐臭ふしゅうのあやかしかと思うのが普通です」


 努めてやんわり言葉を返しておくが、それでも口調が辛辣しんらつになるのを否めないな。


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