七二話 ああ、なるほど。クズだ、こいつら


 それはいかん。それはさすがに失礼だ、初対面ででももう我慢が、限界超過して。


 ダメだったらダメ。わかっているがそう言われるとひとは敢えてしてみたくなる。そういうごうを背負った生物なんだから。つかユエ、てめえ背向けても震えは隠せんからな。


 てめえばっかりずるい。好き放題笑いやがっているがその笑い声が漏れないのはまた狐火きつねび恩恵おんけいだっ、てか? クソっ、私にも貸してくれ! ちょっと、ほんの一瞬でいい。


 これをこらえるのはなかなかに苦行くぎょうじみているんだが他のきさきふたりと皇后こうごう陛下はよく平気だよな。見慣れているせい……じゃなかった。三人共わかりにくいが笑っているよ。


 皇后陛下は目を半分閉じ、それによって視界を半分にしてふふ、と穏やかを装っているがこれ内心はどうなんだろ? ……爆笑でしょうか? それとも失笑でしょうかね?


 美朱ミンシュウ様は茶の続きを楽しむフリして口元を隠してぷるぷるしているので陰で笑っているようだ。桜綾ヨウリン様はお菓子を食べてせた、変なところに入りました、を装っている。


 畜生。ようするに、私だけか? このふたりの妃殿らを笑うに笑えないでいるのは。


「ところでえ」


 ぶふっ。間延まのびした口調やめれ。見た目が化粧のお化けなだけに伴って破壊力がありすぎるんだよ。なに、この妃様はあのふりふり衣装といい、ご自身が可愛い、とでも?


 勘違いすごい。私が言えたことじゃないがきちんとうつる鏡を用意した方がいい。


 そして、自分自身と正確に向きあった方がいいと思います、私。てかこの化粧でよく後宮こうきゅうに入れたもとい皇帝こうてい陛下に嫁入りできたもんだな。殿下の話によると当時の入内じゅだいは身分がしっかりしていれば存外簡単に入れた、とのことだったしな。でもこれが四夫人しふじん


 どうか、殿下が選んだ四夫人たちがまともでありますように、と願うばかりだよ。


 そうじゃないと私がもし仮に、万が一皇后こうごう確定してしまったなら私もこういう茶会ちゃかいを開かねばならないだろうし、そうなったら笑いすぎで腹が痛くなってそれどころじゃ。


「そこのはあ、誰ですのお? 上尊じょうそん四夫人らの到着を待たずに座っているなんてえ」


「あら。事前に通達をやった筈ですよ。このコは息子、嵐燦ランサンが選んできた皇后候補」


「ええー? あの殿下があ? 本当に選んだんですかあ、皇后陛下~? だってえ、嵐燦殿下ったら一向に妃ひとり決めるのも渋っていたじゃないですかあ。てっきりねえ」


 てっきり、なんだよ。思ったが直視するのはきっつい御人おひとなので円扇えんせんで隠しつつ窺ってみるに高みから見下みくだしたような、虚仮こけにしたような、そういう表情でいた、と思う。


 なにせ、化粧が分厚ぶあつすぎて表情のそれがわかりにくい。しかし、声は嘲弄ちょうろうにまみれていたので私は自然と不機嫌になっていった。なんだよ、この女。殿下が、彼がなんだ?


 ねえ、と同意を求めたのはあの死に化粧かよって妃の方へだった。彼女も同じようなあざけりを含んだ表情でいる。……私が言えた義理ないが相当に醜女ぶすい顔だぞ、てめえら。


「てっきりい、衆道しゅどう趣味があるものとお?」


「ああ。ひとり遊びとかな」


 ……ねえ、キレていいか? 殿下が、なんだって言っただろうか、このクソアマ共。


 衆道趣味? ひとり遊び趣味? そりゃあ私は殿下がどういうご趣味をお持ちかなんて正確に存じない。引いちゃうような趣味嗜好しこうを持っているかもしれないのはあるが。


 さすがに、そちらの趣味はないとわかる。じゃなければあんなにまっすぐ私を想ってはくれない。それに衆道趣味ってもしかして宦官かんがん相手に? バカじゃねえの、この女。


 ただ、殿下は自分が本当に信頼できる女を選びたかっただけ。支えてくれる気概きがいを持った女を厳選していただけだ。それが、どういうふざけた解釈でそんなことになると?


 しかも、ひとり遊び? ああ、こいつか。殿下が言っていた四夫人――現上尊四夫人の中で殿下に不埒ふらちなものをひっきりなしに贈ってくれやがる、という上級妃じょうきゅうひというの。


 てめえこのアマ……。てめえが勝手に贈りつけた玩具おもちゃ、いわゆる大人の玩具というので殿下がご自分ひとりでいたしている。そういう下品で下世話で腐った思考をしている?


 ふざけんな。ふざけんな。ふざけんなッ!


 てめえらの歪んだ目で殿下を見るな。殿下は絶対にそんなひとじゃないんだよっ!


 これも私の主観しゅかんでの話にはなるが、それでもあのひとはまっすぐで潔癖がすぎるのがたまきずではあるが、皇族こうぞくに相応しい気高い魂の持ち主だ。それをけなすなんて許せない。


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