七一話 ダメ、大変、いかんってば……っ


 私がそろ、とユエを見ると目配めくばせされた。で、その黒曜石こくようせきの瞳にある色はふたつ。片方は抑え切れない笑い、ともうひとつはなんだ? なんだかゲテモノでも見たよう、な。


 見てみろ、とあんに言われたのでそーっと円扇えんせんをずらして見やった先、なんか、すごいのが見えた。一言でアレを表すなら? んーっと、「やりすぎ」ってのであっている?


 なん、なんですか、アレは。いろんな擬音ぎおんがつき纏う、というかもはやいている感じすらしているんですが。キラキラ、ゴテゴテ。テカテカ、ピカピカ。ひらひら~ん。


 いやに、すごく過剰かじょう極まるほど着飾った女性は化粧もめちゃくちゃっゆい! これがうわさに聞いただけの厚化粧、か。素人というか化粧品が乗らない私からしても過剰だ。


 白粉おしろいはたきすぎて白塗りお化けみたいになっているのに頬紅ほおべにもがっつり入れているから頬だけ浮きあがったようになっておたふくみたい……っ、ダメ、笑っちゃダメ、ジン


 眉は極細ごくぼそで長すぎるし、目元の色粉いろこも主張が強すぎる。口紅くちべにも顔にあっていない。


 なにこの全部が主役状態。てめえの顔の部品すべてが素晴らしいとでも言いたげで飾ってあげないのは侮辱ぶじょくで可哀想、とでもおっしゃる? 可哀想なのはてめえの頭だけ!


 しかもそのことに、残念さに、大失敗さにご当人まったく微塵みじんも気づいていないっぽいのが可哀想でしょう大賞だっつーの。しかも、皇后こうごう陛下が女忘れている、とかアホ?


 これだけこざっぱりと品よく纏められているひとそういるもんじゃないだろうに。


 なんだ。化粧こそが正義! だとでも。いかんいかん。内心の突っ込みだけで噴きだしそう……っ! なん、なんという破壊力。しかも素体そたいはたいしたこと、ない以前だ。


 てめえ、基礎きそ化粧というものを知らないのかよ、と訊いてみたいんだがいいかな?


 美朱ミンシュウ様たちがそれこそ私の為の授業であるのに、たまに出張美容屋ですか? と訊いてみちゃう感じで楽しみにしておられる私の妖力水ようりきすいを使った集中美容補修ケア術は大好評。


 特に夏がだいぶさかりを静めてきたせいで一気に疲れがでるところにはでてしまっているのでそこを部分的に集中して、妖力水で保湿するよう回復させてあげることで元の化粧水も乾いた土に染み込むようにすうぅ、と消えるほど染み渡り、終わったあとは……。


 もう、年齢それはひとつの暗号にすぎないという具合に肌がそれこそ桜綾ヨウリン様など優杏ユアン様並みにぷるっぷるもちもちになっている。そういう日はおふたり共、皇帝こうてい陛下にお誘いをかけているようだ。ねやの、でなくとも今日は私の美容を受けたから、という理由で。


 はじめて美朱様と桜綾様両名から同日誘いを受けた日は皇帝陛下もふたりの若返りの秘術ひじゅつを受けた直後のようなつやつやぶりに驚いたそうだ。その日は三人で茶をしたと。


 で、美朱様も桜綾様も梓萌ズームォン様にあまりおおやけにおおっぴらにばらすのは叱られる可能性が大と理解してか、授業のあとでこっそり「今日もいい?」と訊いていらっしゃられる。


 って、現実逃避はやめろ私。あ、アレは人類なんだろうか。あ、あ、あやかしの一種ではないのか? 私は笑いを必死にこらえて月を見たが、きつねは小さく肩を揺らしている。


 だ、ダメだ。すでにアホほどうけまくっているやつに訊いても返ってくる答など知れたこと。こ、ここはもうひとりを見て相殺そうさい、しようとして失敗した。なに、おかわり?


 らねー。こんなおかわり要らない私。なるほどそうかそれで月が笑っていると?


 なんなのこの化粧下手ふたり組。こ、このひとたちが私の講師こうし抜擢ばってきされなかった理由が今、こんな場所で明らかになろうとは……っ。どう、しようどうしたらいいのだ?


 もうひとり先ほど無愛想に私が目に入らないみたく言った方の女は白粉の色が首の色と違う。一年通して同じ色の白粉使っている女よっぽど貧しい貴族くらいだろうがよ。


 白粉を塗ってはたかねばならないが、そう何色も買えない。揃えられないってね?


 そうじゃないでしょ? てめえらは貴人きじんだし、なにより最高級品を揃えられる、後宮こうきゅうに住まいを与えられていて、充分な金子きんすももらっている筈だろうが。ダメ、笑い死ぬ!


 白粉の色が残念なだけで死んでいたらアレだが、眉、こちらさんは太すぎるし、剃ってもいないのだろうか。無法むほう剛毛ごうもう地帯と化しているですよっ、まぶたの上のところ、が。


 紅は薄く引けばいいってもんでもない。特にこちらさんは元の唇の色がそもそも悪いせいで顔色が全体的に悪くってお化粧が不吉な死に化粧みたいになっちゃっているよ。


 死体ですか? じつは蘇りの秘術がこの天琳テンレイの国に眠っていたとか? それもえある上尊じょうそん四夫人しふじんのひとりが実物でしたよ、ってか? まずい。内心実況で噴きだしそうっ。


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