六九話 いざ、ゆかん。茶会の場へ


「さ、これでよかろう」


「うん。ありがと」


「……ずいぶんと感謝が楽に口衝くようになったのう、ジン。初対面時は険悪気配しかなかったあの田舎いなか娘がここまでなるとはさすがは、研かれた女の授業を受けただけある」


「むしろ、女として以前にひととしての問題だったような気がするけどな、私的に」


 ひとつだけ指摘しておく。女だなんだ以前の問題だったと思うぞ、だって感謝も謝罪も苦手って相当危ないひとじゃないか。ひととしてまずい、と今となっては感じるね。


 ユエも同意見ではあるっぽいが自身も身支度を軽く済ませて侍女じじょっぽい服を着てくれたので侍女のフリで、そういうノリで参加するようだ。こっちは心配らないだろうな。


 女としてなら私よりうんと経験値がある。一〇〇〇年以上を生きてきた経験が。それも男だけでなく女もすべからず手玉に取ってきた白面金毛九尾はくめんきんもうきゅうびきつね、というあやかし。


 その月がある意味、感心しているのであの頃よりは女経験値があがってきたということなのだろう。あとは殿下の即位そくいが正式になれば、私や四夫人しふじんに選ばれたひとたちも。


 正式に決まる。序列じょれつ云々はまあ別にしても妻として夫である皇太子こうたいし殿下を支える役割が正式決定する。そうしたら、あの、アレだ。昼間だけでなく夜も忙しく、な、って。


 私、朝っぱらからなんの想像を膨らませているんだろう。変態かよ。だって、だって今ですら、殿下が夕方帰るのを渋った時なんかは決まって皇后こうごう陛下が引き摺っていく。


 曰く「静の心の準備を待ちなさい!」と比喩抜いて尻を蹴飛ばして馬車に乗せて。


 我が息子とはいえ皇太子にいいのだろうか、それってば。なんて考えちゃった日もあるが心の準備、かあ。それって夜を共にする心、ってことだよね。つまり殿下に……。


 はわあ、恥ずかしいっ! なんということ私、私なんかがそんなことするのか!?


 っていうのももう時すでに遅し、なんだろうなあってか真っ先に気づけよって話。


 そいで、気づけばお招きの時間が近づきつつあったので早めにいこう、ってなわけで月にあらかじめ時間指定して頼んでいた馬車をまわしてもらうようお願いし、円扇えんせんを手に取って顔の前にかざす。やはり、顔を見られるのは気後きおくれする。恥ずかしくて、怖くて。


 ずっと隠して生きてきた。誰にも見られたくなくて誰の顔も見たくなくて。鬼のめんをしてきた。それが間違っていたとか、そういうのは思わない。アレが私だったからだ。


 鬼妖きよう魅入みいった娘として妥当だとうな姿だったと思えたのだから。と、ガラガラと車の音がしたので玄関に降りて、月が迎えに来たので一緒に金狐宮きんこぐうをあとにして車に乗り込む。


 さびれた地にある金狐宮から車で四半刻しはんこくほどで着いたのは後宮こうきゅう内でも立派な観賞用の木が植わり、季節ごとに花を変えて様々趣向しゅこうをこらしている、と聞いた庭園ていえんだった。そこにある四阿あずまやで開かれる茶会ちゃかい。さて、どうなるやら考えつつ車を降りて歩きだしてすぐに。


「静」


桜綾ヨウリン様、えっとご機嫌麗しゅ、う?」


「ええ。ばっちりよ」


「つっかえず言えればさらにいいのにね」


美朱ミンシュウ様、あの、申し訳ありませ」


「ち、違っ、ダメなんて言っていないわっ」


 どっち? 幾度となく授業の度に思ったけど美朱様ってなんか妙につんけんした態度を取るのに即「違うから!」と訂正を入れてくる。ので、私はいまだにはかれずいる。


 この方の真意とはなんぞ? なんて思っていると四阿からくすくす笑いが聞こえてきたのでそろり、と覗けば予想通り。皇后陛下がいて、一番奥に座って微笑ましそうに?


 はて。どこに微笑ましい要素があった? 私が素でわからずにいると美朱様がなぜか慌てだした。その美朱様も桜綾様もお肌の状態は良好のご様子。前回、一昨日と昨日。


 なんだか定番になっている気がする妖力水ようりきすいでの補修ケアとお手入れにおふたり共ド嵌まりしたようでございまして。特に爪や手は顔以上に年齢がでるらしく双方気にしている。


 皇后陛下にも提案しようかと思ったが、これ以上は私が疲労でぼっすると思ったので今のところは伏せている。まあ、ふたりのうるつやっぷりを見たらだいたい察するかな?


 そう思ってわざにやぶをつつく真似はしないことにしておいたわけ、だったが意外。


 庭園にはまだ先述の三人しかおらず、あとのふたり徳妃とくひ賢妃けんひはまだ来ていないみたいだったんだが、皇后陛下に誘われるまま屋根の下にふたりと共にお邪魔していった。


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