六八話 忙しい、と言われれば。まあ


「ぬしも忙しいやつぢゃのう」


「仕方ないって。身分相、応?」


「なぜ、疑問形になるんぢゃ」


 朝陽がのぼったので私はユエにお使いしてもらっていただいてきた食材を使い、くりやかゆを炊いて鶏肉を下処理して野菜を切って軽くゆがいたり、炒めたりして朝餉あさげをつくる。


 きさきが朝餉をつくるのはおかしいし、なぜ白飯ではないかって? それは食べ慣れていないというのと侍女じじょ下女げじょもいない中、尚食しょうしょくの下女たちがつくった食事はなんとなく。


 尚食、とは食事に携わる職のことで厨房を切り盛りする者たちはこれにあたると教えてもらった。後宮こうきゅう中のきさきたちの食事管理をし、健康を考慮してくれるそうだが、毒味役がいないのにいつどこで毒が入るかわからんのは怖い、と殿下が言っていたのもあった。


 ので、無理言って食材だけわけてもらっているというわけだ。尚食の勤務者たちは毎日食材をもらいに来る月に何度も言い募っているそうだ。調理しますから、とかって。


 わかる。気持ちはわからんでもない。そりゃあ殿下のちょうを受ける私が自炊するなんて殿下に責められるとか面目めんぼく立たないというやつだろうが、こちらもできる用心はする。


 殿下が心配するように毒味がいないのに食事を他人に任せておく、というのはな。


 まあ、そんなこと言わなくてもハオが宿るこの身がたかが毒で死ぬとは思えない。試したことはないが、普通に耐性たいせいを持たせてくれていそうなそういう予感はあるからなあ。


 それでも忠告というか心配を聞き入れて自炊するのは初対面時、印象最悪だったのを早く帳消しにできるよう努めたい、と思っているが為だ。いやな私を、消したいのだ。


 ずっとまっすぐってくれた殿下の為に。で、朝餉をこしらえ終えた私は月に言って一緒に配膳はいぜん。いただきます。三分の二は月が食べるが私も残りは食べるようになった。


 昔だったら自分から食事をしよう、と思うこと自体ありえなかったが、いつか茶会ちゃかいだけでなく、会食の機会なんかがあった時、食べても量を食べられない。は困るからだ。


 なので、慣れる為の訓練だった。月は毎度美味しそうに食べてくれるし、一度だけ殿下が昼前に来た時に軽食をつくってだした時は喜んでもらえた。美味しい、と言って。


 私ははっきり言って料理が上手いか下手かわからないので他人批評での判断だが、普通にどこぞの殿方の嫁になるには充分。ばかりか貴族の家の厨房に出仕しゅっししてもいいかもしれない程度だとか。……? それって結局どれくらいなのか、よくわからないんだが。


 そして、朝餉を終えた今、着替えて装飾品選びを手伝ってくれる月が忙しいな、と零したので仕方ない、と言っておいた。そう、仕方ない。后の身分相応なのだからして。


 多忙さは権力を持つ者の義務、だと少なくとも私は思っている。皇帝こうてい皇后こうごう両陛下がお忙しいのに加えて皇太子こうたいし殿下が忙しいのに同じこと。仕える側でないならそう在る。


 仕えられる側であり、権力を与えられたならそれに見あう仕事をこなすのは后としての義務だ。そう思っている。だから、面倒臭い行事もこなさねばならないわけである。


「でえ? 皇太子が唾吐く勢いでおった徳妃とくひについてそれ以上になにか訊いたか?」


「いや、会ってないのに決めておくのは」


「そうかえ? あの男があそこほど毛嫌いするのぢゃぞ? いざ会って反吐戻されても困るのはわらわの方なのぢゃがのう。女という生き物はほんにいやなのはすさまじいぞ?」


「そ、そう……」


 私の相槌あいづちに月は神妙にうなずいた。こいつもたいがいイイ性格しているとは思うが、殿下は月について悪い印象を持っていないようだったし、つまりもっとすごい、ってこと?


 う、うぅーん。いや、もうしょうがないからってのもあるし、誰も知りあいがいない場ではないので。今日の茶会には皇后陛下、上尊じょうそん四夫人しふじん方と私がつどうらしい。殿下が真剣にかはちょっと怪しいがそれでも選んだ四夫人たちにも会いたかったのだけども……。


 陛下がまずは上尊四夫人と顔をあわせておいてほしいと言ったのでなにか意味があるんだろう。それに新しい四夫人たちは決まったばかりなのもあり、入内じゅだいでバタバタだ。


 忙しいのにこの上、とうとくあらせられる高位こういの四夫人に会え、というのはしんどい。


 ので、先んじて後宮に慣れている、かは微妙だがでも慣れがあり、上尊四夫人中ふたりには面識があり、ずっと授業してもらっているので陛下に「大丈夫ね?」とトドメ。


 トドメを刺されてしまった。から、もう腹くくっている。楽しめる、かは謎しかないけど殿下の目が節穴だのと言われないように今日までに習ったことを総動員してやる!


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