六七話 ここ半月だけでもいろいろあった


 ……出たとこ勝負、というのはあっているようで違うかもしれないが、せめて殿下が舐められないようにしないと。じゃないと私を選んでくれた殿下の顔に泥など塗っては申し訳ない。同期、という意味で選ばれた上級妃じょうきゅうひたちにも悪い。特別扱いされておいて。


 そして、茶会ちゃかいに出席するにあたって私は最初から不利である。それは侍女じじょの有無。


 殿下もそうだが、私もたいがい他者信頼がないのでそう軽々しくどこの誰とも知れない女をみやに仕えさせるわけにいかなかった。口が固く、忠義に厚い者でなければ……。


 そうした意味でこの宮に住まうのは私以外にはたったひとり、というか一体のみ。


 はじめこそ皇帝こうてい陛下が余っている、他の宮で手余りになっている侍女たちを融通ゆうずうしてくれようとしたが、初見から「あ、ダメだこれ」と思ったし、その一体、ユエが決定打。


 決定打として「皇太子こうたいしの気に入りであるジンに取り入ればおのも贅沢ができる、なんぞと思いおるとは浅ましく下女げじょ以下よのう」だのと言ってくれやがったので。私も断った。


 下心が悪いとは言わない。でも、あからさますぎてそれじゃあ詐欺師としても三流というか五流の盗人ぬすっとだ。あわよくば殿下ともお近づきに、というのが見え見えだったし。


 そいつを看過してはさすがにまずい。私だけでなく両陛下、殿下にもご迷惑をおかけすると思ったので丁重にお引き取りいただいた。……月が炎でおどしていたのは、幻だ。


 幻覚を見たに違いない。そう思った私は殿下に書をしたためた。せっかく皇帝陛下のご厚意ですが、と。その日はまつりごとが忙しくて顔をだせなかったので、翌日朝、いらした。


 なんかよくわからないが、不快な思いをさせて云々で一緒に朝餉あさげをと言いかけたが月に突っ込まれていた。「母后ぼこうにまた叱られて尻叩かれるぞえ」と。脅されていたっけ。


 瞬間、殿下が青ざめたのも記憶に新しい。とまあそんなこんなで私の宮には月以外にいない。侍女べやも、下女の雑魚寝室もすっからかんだ。んで、月はといえば楽しそう。


 なにより誰より渋るかと思ったが、月は意外なくらい侍女の仕事にも通じていて、身のまわりの世話を焼いてくれる。よって、緊急的に侍女が必要、でもなかったりする。


 茶会にでるのにも月が付き添ってくれると言ってくれたし、その茶会には顔を知る上尊じょうそん四夫人しふじんもふたりいる。まだ授業は続いている。全然、皇后こうごうの教養には足りないから。


 たかがきさき程度なら許容範囲だ、とはご評価いただいたが皇后となるならばもっと極めていった方がいい。特にあの徳妃とくひ賢妃けんひに会う前に! とは貴妃きひである美朱ミンシュウ様の言葉。


 どうやら彼女も、さらにはあの穏やかな桜綾ヨウリン様までも残りの四夫人ふたりにあまりいい印象をお持ちじゃないようだ。それで、だろうか。私の授業にお呼ばれなかったの。


 これは油断ならない。うっかり上級妃たちが仲間外れにしていたと知られたら当たり散らすかもしれない。そういう印象であった。間違ってはいない、だろう。多分だが。


 当たる、というのが物理的になのか精神的になのかが不明だ、という点だけだな。


 今のところの不安は。それ以外では、特になにもなくすごしている。美朱様にも殿下がめいを気に喰わなかった理由をお伝えしてあるし、かなりしっかり呆れていた。姪に。


 殿下が気に喰わなかったのは尊大そんだいすぎる態度。自身が美朱様に後ろ盾をいただいている気になって侍女たちにやれ茶がぬるいだの、菓子がしょぼくれているだの、と我儘わがまま


 ことあるごとに美朱様の名をだして「私は現四夫人の姪なのだから!」と息巻いてというか威張り散らして「四夫人の姪になってない作法だこと」を繰り返していたとか。


 ……うん。そりゃあ、殿下が気に喰わない筈だといいますか? 殿下だって態度にだしていただろうに。「なんだ、こいつは?」というのを。だって、ただ、たかが姪だ。


 てめえが権力を直接持っているわけでもないのに権力もどきをかさに着て、我儘言って威張ってだなんて。殿下が即決なし! と判じるのは当たり前、というやつだったな。


 だって実際権力を持った時、なにをしでかすかわかったものじゃない。それこそ高慢こうまんちきを極めてざいかせた暮らしを要求したかもしれない。私からお伝えした時の美朱様の顔も忘れられない。あの目。じつの姪をさげすみ、汚泥おでいでも想像したかの如きあのお顔が。


 ぶるぶる。ちょっと思いだしてあの目を向けられるであろう姪が可哀想になった。


 いつになるかは知らないが、美朱様が直接会うか、姪の親で大姐ねえ様、というのに手紙を書くかは存じないが「よくもわたくしの顔にまで泥塗りつけてくれたわね!」と苦情を入れられるかは不明。訊かなかった。その方が数段賢いと思いました。……おしまい。


 同時に髪飾りを拭き終えたので元通りに抽斗ひきだしへしまって鍵をかける。そうすると、いつの間にか、没頭するあまり時間経過に気づかなかったのか、陽が差しはじめていた。


 さて、気合い入れていきましょうか。とりあえず茶会に着ていく服を選んで装飾品選びは月に手伝ってもらおう。はてさて、鬼がでるか蛇がでるか、といった感じかなあ?


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