六六話 目覚めた時の不思議な感覚


「……ハオ


 ふと、目が覚めたと思ったら私の口はそんな言葉を、とある者の名を唱えていた。


 ひとじゃない。かつてこの世をおびやかしたとすら言われしおおいなる力を持つ鬼妖きよう


 私の中にいる、ひと。なぜ、唐突とうとつに彼のことを思ったのかわからないが、なんとなく夢を見たような気がする。そんなことはなかったのに、私を必死で守る、彼の背の夢。


 会いたいのだろうか。後宮こうきゅうという似つかわしくない場所で生きていこうと決めた私に訴えていたりして。「一緒にいるからな」と。まるで、それこそじつの父親のようにさ。


 心配だったのだろうか。これまでの私を見ていて力添えをしてくれていて、でも守るに守れなくて歯痒はがゆかった、もどかしかっただろうか。むらから、親から見放されてにえにされた私を関係ないのに憐れむくらい慈愛じあいに満ちていた彼だもの。そうっても仕方ない。


 だから、私もくすぐったい。彼が保護者でよかった。そう心底思えている。私を一度として見放していない、見捨てなかった唯一の鬼妖。……人間の方は、まあうん、忙しい。


 アレから、私が金狐宮きんこぐうに住まうようになって半月ほどが経ったが、ようやく、というかもはや、くじで決めた? と訊きたくなるような適当な決め方をしたのか、梓萌ズームォン様はお怒りでいらしたけど、ようやく私以外にきさきたちを決めたご様子の殿下はそれから……。


 皇太子こうたいし嵐燦ランサン殿下は毎日、は無理だけど暇を見つけては金狐宮に入り浸っている。


 ようやっと四夫人しふじん――後宮の上級妃じょうきゅうひたち――を決めた殿下はそれぞれの入内じゅだいに際して祝いの装飾品類をつくらせはしたが、私に贈ってくれたものほどは要望をつけていないらしいというのは後宮に出入りが許された商人あきんどの一団で宝飾担当のひとが教えてくれた。


 私のモノはなんか知らないが、ほんのちょっとも妥協したくない! そう豪語ごうごして寸どころでなく、それ以下の細かさで細工を依頼されたと若干げっそりして言っていた。


 その装飾品は現在、特別頑丈で私の妖気で解錠できる鍵付の抽斗ひきだしにしまってある。


 こちらの用心は私が頼んだ。殿下がそこまでこだわらせたものを盗られでもしたら申し訳が立たない。妖気式の鍵にしたのはこうすれば私以外に開けられないからだった。


 まあ、そもそもがこの後宮で妖気を帯びた人間というのも私くらいなものだけど。


 念を押しておいても損はない、と思う。私は目覚めた寝台しんだいの上からそろり、と降りてくつを履き、その例の抽斗を解錠し、引きだして中にしまってある「それ」を取りだす。


 重い。さすが本体部分が純金じゅんきんなだけはある。そして、中央に嵌め込まれた宝石はこの天琳テンレイであっても滅多に手に入らない渡来品とらいひんから厳選に厳選を重ねた青金石ラピスラズリの大粒がひとつと両隣に小粒のものがひとつずつ配されている。これだけでいくらしたんだろうなー。


 この宝石だけで目ん玉が飛びでるほどであるのは言われなくてもわかっているが。


 こうも贔屓、依怙えこ贔屓がすぎると他の妃方から反発がありそう。ちなみにこれ頭に飾るらしいけどちょっとした振動で落ちて宝石が砕けたらそれこそアレな事態となるな。


 そんなくだらない心配をする私だが、なんとなくでそれを手に寝台に戻ってきた。


 そのまま寝台脇の机に置いてある手巾しゅきんで優しく拭っていった。こうしていると心が落ち着く。特に今日、というか陽がのぼって少ししたら身支度して出発せねばならない。


 どこに? 皇后こうごう陛下、梓萌様が設定したお庭での茶会ちゃかいに参加しなければならない。


 殿下は最後の最後会った時も反対していた。特にアレだ、あの徳妃とくひに会うなんて自分は許容しかねる、みたいなことを言っていた。えっと、殿下は徳妃様がお嫌い、だと?


 でも、そういえば皇后陛下もあまり招きたくはないが、とつけ加えていたっけか。


 ただ、私を、殿下がきさきに、とさだめた私を紹介する場をもうけなければならない。だとかなんだったかで、その茶会を開く運びになったらしく、殿下は文句ぶーぶー状態。


 よほどその徳妃、いや、殿下が四夫人を選んだ今となっては上尊じょうそん徳妃だったか、とにかく特上にとうとばれる妃にあたる御人おひとになったんだっけ。それがまた殿下は気に喰わない様子だった。曰く「あんな性根しょうねんだ女のなにが上尊だ」だのだったがしょうがない。


 彼女、会ったことはないがその女性の方が殿下より早く後宮にいて、その殿下が言う瘴気しょうき渦巻く女の花園はなぞので生き残ってこられた。うやまわれるべき女性になるのは仕方ないよ。


 まあ、気にはかかるが。あの潔い殿下がああも食いさがってぶちぶち文句、大文句垂れるほどのおそらくは、ある意味で素晴らしい性根、というのをお持ちなのだろうし。


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