当初予定より長々かかっただけは

六三話 大きく工期が伸びたが完成したようで


「……」


「こりゃまた豪華ごうかよのう」


 そしてまた、十数日がすぎ、きさきとしての教養も三講師衆さんこうししゅうにだいぶ上達した、と言われてきた頃、着工から十日を見込んでいた筈が結局丸一月ひとつきかかったみやの整備が終わった。


 と、いうわけで長らくお邪魔していた基本男性と世話に必要な侍女じじょたちが数名だけ暮らしている皇宮こうぐうへやをでて馬車に乗り込み、移動していくこと半刻はんこくほどで到着した場所にあったのは、うん、ユエめ。一言にするにしても凝縮ぎょうしゅくしすぎだろうが、って感じだった。


 豪華、というが過剰な飾りが施してあるわけではなく、桜綾ヨウリン様方の宮とそこほどは差がない! というのは無理があって、ところどころに気の利いた装飾彫そうしょくぼりがされていた。


 門ひとつとってしてもかなりの力作。宮の柱には細かい螺鈿らでん彫りが施され、それ一本で一財産ひとざいさんになろうっつーような感じだし、手すりの間に渡された板には精緻せいち細工さいくが。


 まさしく皇太子こうたいしの威厳を見せつけています! というような仕上がりだったが、私はもう少し質素な方が落ち着く、ような気がするのはあばら家育ちだからだろうかなあ?


「それにしても、宮の豪華さにしてずいぶんさびれた場所だのう。意図が知れんわ」


「私が騒がしいのを嫌うと思ってじゃね?」


「……ま、一理あるか。他の四夫人しふじんに入る予定が組まれるだろう女共は現四夫人の宮に入ることになっておるのだろう。そうなると既存地きぞんち以外につくる必要があった、か?」


「まあ、中に入って、さほどというかほとんどない荷の整理でもしていようぜ、月」


「ふむ。変わったのう、ジン


 私が一月の間、着ていた先送りされてきた服を詰めた衣装箱を運び込んでくれる宦官かんがんについていこうとしたら月が唐突とうとつにして急にそんなことを言ってきた。変わった、と。


 なにが変わった、と。それによってなにか不都合でも起きているのだろうか? と思えども月は明確な音にはせず、肩をすくめただけでとりあえずの荷、というかくりやからちょろまかしてきたと思しき酒のかめを運ばせていく。……いや、これ、ちょっとした泥棒だ。


 こいつの鉄、どころか鋼の顔面皮がんめんぴのほどに私は呆れを通り越して恐怖してしまう。


 仮にどころか正真正銘皇帝こうていが所有する蔵から酒の瓶をいったい何個盗みだしてきたんだよ、コラ。中には上等な舶来はくらい硝子瓶がらすびんまであるから恐ろしい。怖い。なにこのアホ。


 ありえない。でも、それも月にかかればちゃんと許可をもらって餞別せんべつにいただいたという正当主張にけそう。うおう、怖い怖い。私は知りません。関係ありませんから!


 で、中に入ってみてきょとん、とした。調度品ちょうどひんはほとんど置いていないすっきりした玄関の間があって、扉をどんどん開けていくも現れる室、室、室すべて調度品は最低限なので宮の細工で資金が尽きた? とも思ったが、かろうじて置いてあるつぼは高級品だ。


 ……。少しだけ考える間をもらったが、たどり着いた結論は私への気遣い。殿下なりの心配り。私が自分で揃えられるようにしてくれた。押しつけでない程度の飾りもの。


 これは殿下がなにか入宮にゅうぐう祝いに、と思って厳選してくれた品々だろうし、大事にさせてもらおう。ひそかに決めて私はその室をでて次の室も確認していく。応接間が大小ふたつあり、ひとつは軽い茶会ちゃかいに使うのだろう。もうひとつは重要な人物をもてなす間か?


 一階の奥は軽く調理もできる厨の間になっていてそのほとんどが月がちょろまかしてきた酒の瓶で埋まっていた。……幻覚、ということにしておこうと念じて私は二階へ。


 二階は二室だけ。日中すごすであろう書棚しょだなや机、椅子の置かれた室と大きな寝台の置かれた寝室。寝室には寝台と小机と少しだけ大きめのたくと椅子が三脚、置かれている。


 見渡せどそれしかない。綺麗な蒼の花瓶と水差しも空っぽで置かれているだけだ。


 調度品が私の瞳の色で揃えてあるのはいち早く察したが、気恥ずかしく訊くこともできないままお引っ越し手伝いに来てくれた宦官たちが私の荷物――服と装飾品とあの時選んだ鎧、そして各妃かくひたちからもらった宿題とこなす為の参考書類――が片づいたので。


「暑い中での作業、ありがとうございます」


「い、いえっとんでもございません!」


「月、持ってきて」


「はい」


 引っ越しに際してつけてもらった宦官たちに後宮こうきゅう通いの商人あきんどから買ってもらい、いただいていた桜綾様のお気に入り、とまではいかない等級だけど茶葉で冷茶れいちゃをつくった。


 それを月に配ってもらい、私は事前に寝室からおろしていた予備の椅子に腰かけ、円扇えんせんの陰で大丈夫かどうか心配になる。だって宦官たちが言葉を失っているようだから。


 な、なに。なんかまずかったか? と思ったら宦官の中でも歳嵩としかさな男がぽかんと。


「殿下のお后で、らっしゃいますよね?」


「? 一応、予定では。それが」


「こんな、宦官を手ずからもてなしてくださったきさき様などこれまでいません、のに」


 え? そうなの? てっきり桜綾様辺りは普通にもてなしていると思ったんだが。そりゃ気まずくて飲めない、かな。まあ、無理強いしようとは思わないし、どちらでも。


 私は円扇の陰で曖昧あいまいに笑っておいた。


 飲め、とも飲まなくていいとも言わないことで彼らにも選択肢がある、と示した。


「飲まないなら俺がもらおう」


 しばらく、沈黙が玄関の間にただよったが、突然快活かいかつな声が聞こえてきて驚いた。


 見ると殿下がなぜか、本当になぜかいて固まっていたおじさん宦官の手から茶器ちゃきを奪ってぐい、と呷って冷茶をぐびりと喉に流してしまわれた。……って、ええぇえっ!?


 ちょ、殿下!? あなたが飲むならもっと上等な茶葉使ったのにーっ! なにやっているんですか、いったい。だいたいあなた今日は一日忙しいって言っていなかったか。


 妃選びがぎゅうぎゅうに詰まっている、これまでいやがった罰よろしくとかって。


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