五六話 妃授業はそれぞれ分担されて


 一方、もうひとり顔を知る上級妃じょうきゅうひ四夫人しふじんの一角をにな貴妃きひたる美朱ミンシュウ様は授業中は外しなさい、と言って円扇えんせんを取らせるのになぜか私の顔をちらちら盗み見しては頬を染めるという奇妙な御方おかただが、初見の険悪さはなく、ふみの書き方、美しい字を説いてくれる。


 昨日はその美朱様に「だいぶ見目に沿ってきれ、……こほん。見られる字にはなってきたわね」とか「あとは殿方とのがたに対して気の利いた言いまわしをいくつか教えてあげるから参照なさい」と言われて教えてもらった美しいのような文字列を書かせてもらった。


 他には宿題、という形でいろいろと課題をだされては皇宮こうぐう侍女室じじょべやのひとつへ持ち帰って勉強に励む日々。だったが、三妃さんひそれぞれに与えた課題を必ずこなしてくる私に。


 皇后こうごう陛下は労いの言葉をかけ、美朱様はツン、とそっぽ向いて「わたくしが教えているんですもの、できて当然でしてよ」という態度だし、桜綾ヨウリン様はまじめすぎると苦笑。


 で、三者それぞれに違う言葉で「もう少し適当にやれ」と言いだす始末。どっち?


 頑張れと言って尻叩くか、肩の力抜けと言っているのかどちらだ、あなたたち!?


 わけがわからない。なんなのよ? 私をさらに馬車馬ばしゃうまよろしくしごきたいのか、休ませたいのかどっちですか。どんどん課題の量は増えていくし、内容も難しくなるしさ。


 どちらかにしてくれ。と、思うのは私だけではないと思いたいが、授業を受けているのは私だけだ。不参加なユエは毎回大量の参考書や字引じびきを持って帰路につく私にふふり。


 ふふ、じゃねえっつーの。とは思えどもせっかくだし、美朱様に教わって覚えた丁寧な言葉でたしなめるときょとんとされたあと、腹を抱えて笑いだしたので月には常通りだ。


 似合っていないのは承知しているっつーの、こんの性悪ぎつねは本当にどこまで私をバカにしていやがるんだよ。なんて思った日ももはや遠い出来事になってしまったものの。


 今日の皇后陛下授業は上に立つ者の気構えだとか為政者いせいしゃを支える際の心持ちだとかの授業で軽くだが近隣諸国きんりんしょこくのことも話題にあがった。先日、殿下を闇討やみうちしようとしたしきについて話した私に泉宝センホウなる国のことを語ってくれた。紙の宝庫ほうことも称される国だそう。


ジンは泉宝のことを」


「あの、申し訳ありません」


「いいえ。その日を生き抜くことに必死でいたあなたが他国のことに気をまわす余裕などある筈もなく、天琳テンレイの民すべてに言えることですが平和が長すぎたのでしょうねえ」


 しみじみと茶の休みにそう口にした皇后陛下の目には苛烈かれつな色。激しい衝動に駆られている目。おそらく大事な殿下を傷つけられそうになったことが彼女の琴線に障った。


 私が陛下に確認がてら訊いたのが悪かったんだろうけど彼女は「教えてくれてありがとう」とキラキラ笑顔だった。が、あの、お約束でとても笑顔らしくない笑顔でした。


 こう、辛味からみが利いている。ならぬすごみが超刺激的に利いていておっかない限りだ。


 さすがに国母こくもともなると違う。国を担う者を産んだひとはとてつもない度胸をえるんだな、と感じ入った私が茶と菓子を飲食し終えると皇后陛下付侍女たちが本日の宿題を置いてくれる。中には軍書ぐんしょも混じっているのを見て途端、緊張が走っていった気がする。


 私が皇后陛下を見るも陛下は微笑むばかり。一番上に乗せられている軍書の中でも最新のものを開いてみると荒っぽい字体で詳細が記述されていた。ともがらの死。かばねの山。攻撃の熾烈しれつさの中で震える、恐怖の記述。中でも最前線を張るのは式を持つ将兵たちとある。


 式を持つ者が矢面に立ち攻撃を引きつけつつ、攻撃のかなめとなるということだろう。


 ぺらり、とめくる。次の日も、あくる日も、その先もずっと兵たちは疲弊していくばかりで光のない、まさに無明むみょうふちすぐそばで綱渡りをしているに等しい心地だそうだ。


 戦、というものは。できるだけ国のさかい付近で喰い止めねば民に被害がでる。その不満が向くのは皇族こうぞくへ、である。実際のびとでなく責任者に向かうのがすじとしてあると?


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