日はすぎて、本日も授業を

五五話 数日ののち。今日は皇后陛下


 それからさらに数日が経った。皇帝こうてい陛下が私のみやを整備するのに十日ほど欲しいというのは皇后こうごう陛下がおもに住まう黄獬宮おうかいぐう、という宮に呼びだされて通達された。てっきり皇宮こうぐう本宮ほんぐうで暮らしていると思ったが、あそこは基本男性が住まう場所と定義されるとか。


 そんなことを聞いた日もきさきの教養授業があり、みっちりしごかれたが。あとで美味しい茶と菓子でもてなしてくださる皇后陛下の心遣いが、厚意、か不明だがそれが重い。


 私なんかがこんな高価な茶や菓子を飲み食いしていいのかとてつもなく不安すぎて萎縮してしまうが皇后陛下はそんな私の態度を見てはあ、となぜか感嘆に近い息を吐く。


 なんだろう、とは思ったが敢えて訊かない程度には私も賢明だ、と判断しておく。


 だってそうじゃないとただでさえぷっちんこしそうな心臓が胃に代わってキリキリするしちゃう。それがわからないほど私は阿呆あほうじゃない、とも思っておきたいのですが。


 どうやら皇后陛下はそちら方面でも笑顔の鬼らしくいとも易くご自身の感動、感心の理由というのを教えてくれた。きさき、特に四夫人しふじんとは頻繁ひんぱんに必要が為に茶会ちゃかいを開くそう。


 で、その中でも招きたくない、進んで招こうと思わない不快な妃もいるのだとか。


 りがあわないのかな? と思った私だがそれ以前の問題だから興味があれば嵐燦ランサン殿下に訊いてみるといい、と言われてしまった。って、会う機会なんてなくないかなあ?


「あのコもあなたと茶会をしたい、と言っていつも以上にまつりごとに励んでいますのでね」


「?」


「今日辺りお誘いがあるのではないかしら」


 皇帝陛下からの通達を皇后陛下に聞いてからでも早六日が経つであろう今日も授業があったのだが、皇后陛下は殿下からお誘いがある、と言って胡桃くるみの菓子を上品に召しあがっている。私も用意された菓子を食べてみる。香ばしくられた胡桃と甘いあんが絶妙。


 そこにあわせられるのはあの湖からの帰り道で桜綾ヨウリン様の馬車でご馳走になったのと同じで違う青茶あおちゃ。青々しい苦味と爽やかさがとろりと甘い白餡しろあんの菓子によくあっている。


 あの茶とは等級とうきゅうが異なるのだろう。こちらの方が遥かに香りの余韻が深くあった。


 さすがは皇后陛下。これだけでざい分与ぶんよをえた、とされても納得であるのに、軽く授業で疲れたのを労うのに用意してくれる心の余裕が苛烈かれつな授業の疲労を癒やしていく。


 ここ六日、私は皇后陛下だけでなく美朱ミンシュウ様が住まう紅鳳宮こうほうぐうと桜綾様がまだ引っ越さないからーというので住まう黒亀宮こくきぐうを訪れてそれぞれに授業を受けさせてもらっている。


 ユエは宮の前までは一緒に来るが中には入らない。当狐とうこ曰くそれぞれが瑞獣ずいじゅうの名をかんす宮に同じく瑞獣である自分があまり長々とどまるべきではないだのだが、授業がだるいだけでない? と真剣に疑う私である。だいたい月が瑞獣、というのが「変だろう大賞」だ。


 たしかに私をあのむらからだすきっかけになってくれたし、そうした意味では瑞兆ずいちょうとなってくれはしたが、以降は全然それらしい行動もない月を疑うのは自然だと思うけど。


 月は不満だ、と言ったがだってそう見えるんだから仕方ないと言うと黙りこくる。


 どうにもこの天狐てんこも自分が瑞獣らしからぬ振る舞いをしている、という自覚はかろうじて残っているようで。それとも、なにか考えることがあるんだろうか。と思えども。


 今は授業に集中したかったので月に構っている場合でない。桜綾様は丁寧に女性らしい挙措きょそや仕草さらには夜伽よとぎについても軽く説いてくれた。専門の講師、房事ぼうじ指南役しなんやくに先は習ってちょうだい、と言われたが一緒に授業をなぜか受ける優杏ユアン様もゆだっていた。


 うう。必要だってことは重々承知だ。その手の知識はそれこそ后になるのならば。


 でも、これまでに男、もとい殿方とのがたと口を利いても「水がない!」だとか「手抜きしているだろう!?」というおとがめのおっさんだみ声ばっかりで、聞き流していたからな。


 勝手がわからない。そして、極めつけというか桜綾様が「これは宝物なのよ」と言っていたなんだったっけ、そう「しゅん画集がしゅう」というものを見て私は首を傾げ、優杏様は真っ赤になるという事態で桜綾様は苦笑。でも「仕込み甲斐がいがあるわ~」って言っていた。


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