五三話 触りの授業(?)をちょこっとだけ


「……。やれやれ、ほんに自己肯定がなさすぎて困る主人ぢゃのう。ジン、誰もぬしの顔で気分を害した、だの言うとらんぢゃろうが。気にしす……ふむ、ある意味しすぎだ」


「だ、だって……っ」


皇太子こうたいしも言うておったろうが?」


「……お世辞だもの」


「かーっひねくれた捉え方ばっかしおって!」


 言うが早いか、ユエは私の顔に手を伸ばして右頬をきゅ、とつねってきた。地味痛い。


 なので、私は知らない。月にお仕置きされていて気づけなかったが、この時、へやにいた後宮こうきゅうにおける最高級のきさきたちと皇后こうごう陛下がそれぞれに反応していた、ということに。


 三人が目を丸くしたのは見たけど、そのあとの反応、というのを見ていなかった。


 しばらく月のまさにきつねならではか? っつーようなお仕置きをされていた私は皇后陛下にすすめられて室の出入口に最も近い椅子、序列じょれつ的に適切な場に座すことになった。


 なった、ものの。なんだろう、視線が痛い。ピリピリチクチクビリビリジリジリといったような、悪意ある感じじゃなくてこう、なんというか夏の激しい暑気しょきに似た気配。


 それが室内に立ち込めてというかただよっているもんだから私は肩身が狭い心地。


「静、あなたの二人称は長年のそれで染みついたものでしょうがきさきとしては不相応ふそうおうであるとはわかっていますね? ひとまず、わたくしたち三人の授業中だけは正しましょ」


「あ、は、はい。努力します」


「うふふ、それにしてもあのコ、ああもう」


「こ、皇后陛下?」


「いいえ。お気になさらず。我が子ながら美への意識や潔さ清さへの基準が厳しいことをなぜでしょうか、少々どころかおおいに誇りたい心地でございますのよ、静。ね?」


「? えっと、息子自慢ですか?」


「うーん、ちょおっと違うかしら」


 もう、ね。私は疑問符のお花畑で「うふふ、あはは」とたわむれていろ! と言われたような気分ですが、皇后陛下? あなたのそれが息子自慢でなくて違うと言うならなに?


 だのなんだかんだと珍事、私的には羞恥しゅうち爆死ばくししそうなはずかしめがあったもののこの日は皇后陛下のおっしゃった通り触り、本当にちと触った程度で解散、となってしまった。


 私は退室していく上級妃じょうきゅうひたちを見送り、教えてもらった挨拶や拱手きょうしゅの仕方を忘れないうちに月に字を習いながら木簡もっかんに書きめておいた。……皇后陛下に見守られながら。


 陛下は始終にこにこしていた。その笑顔がなぜか「いいものを見られたわ」という雰囲気ふんいきに見えるのはどうしてだろう? 気のせい、だろうか? いやまあ、そうだろう。


 だって、眼福がんぷくどころか目に多大な汚れを見せてしまったのだから、というのも言わないでおく。月の地味お仕置きは本当に地味だったがすごく、響くほどに痛かったもの。


 なんで、月は私の正しい判断を「阿呆あほう!」と一蹴して切り捨てやがるのだろうか?


 謎。そこはかとなく謎だが、月はといえばその私の見え具合こそ意味不明らしい。


 ええー。そんなもんてめえのよいしょだと私が気づかないと思っているのか、ってくらいあまりに堂々と、それもなぜか月こそが自慢するように語るもんだから当然疑う。


 で、書き留め終わった私は早速皇后陛下に一礼して室をでるのにそろり、と身をひるがえして扉を開けて、さあ、退散退散~。と思ったわけだが皇后陛下の声が追いかけてきた。


「今日も暑かったわね、静?」


「え? え、ええ、はい……?」


「と、いうわけで近いうち四夫人しふじんのみなさんを交えて茶会ちゃかいを開こうと思うのよねえ」


 なにがどうしてどういうわけ? と訊きたいのをぐっと堪えた私は結構偉いと思うんだが、皇后陛下が振ってきた話題になんとかついていこうと試みる。茶会を開く……?


 それは、どうぞ。自由になさってよいことだと思うのだが、気のせいであろうか?


 背筋に悪寒が走っていくような気がするのは。気のせいにしてしまっていいかな。


 なんだろう、そこはかとなくいや~な予感がするんだけど、流しちゃ、ダメ、なんだろうよ。そうだよね。うん、わかった。わかりましたので早いところトドメを刺して?


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