五一話 服飾決まったし、戦事のそれを見に


 で、一通り終わったようだしへやの扉外で待機していた宦官かんがんの案内で次の室へ向かった私はその次なる室に置かれ、用意されていたものものしい品に圧倒されても見入った。


「ほお、お目が高い」


「え?」


 室に入ってすぐのところに飾ってあったよろいに目がまる。華々しく力強い意匠デザインでありながら静けさを備えた色味のちょっと変わった意匠の鎧を私がしげしげ眺めていると。


「そちらの品は天琳テンレイにおける鬼才鍛治職として名高いガオ 鴻永コウエイの作でね。妖作ようさくとも呼ばれているんだが、きさき様はそれが気にされたかね? 見る目があるのか恐れ知らずか」


「妖作……どんなふうに?」


「鍛冶は火を扱う職だ。それの影響が残っていて、火の加護が強くて水にうんと弱いというか濡れるとふざけているのか、と文句をつけるほど軽くなっちまう、という話だ」


 この場で待っていたおそらく商人あきんど、ではなく鍛冶師だろう男が説明してくれた。これは妖作、と分類されうる品だと。説明熱の入りようから、多分なにもなくこいつが高本人だな? 自身の作をじっと見られてつい説明に熱が入っているのだろう。つまりこれ。


「へえ、じゃあ、機動きどう力がいざという時にうんとあがるってことなんだな。それに火剋金かこくきんというくらいだ。この防具は金属でできた得物に対して絶対の防御を誇るんだろ?」


「? まあ、そうだが。金属製の武器は一切刃先寸分たりと通しゃあしねえ、とよ。なんだいなんだい、お后様だっていうからもっとお高く留まっているかと思えばこりゃ」


 そりゃあ「らしく」なくて悪かったな。ご期待に沿えなくて。でも、これは私にうってつけの品だ。殿下、わかっていて選んだ、んだろうな。絶対そうだ。私に宿るハオの加護ともいうべき水の力を重んじて五行ごぎょうの習わしに沿い、安全を願って選んでくれたんだ。


 それが嬉しい、と感じられるのは現金げんきんだろうな。アレだけ乱暴な口を叩いておいていざ想われているかも、と感じて喜ぶなんてずいぶんと単純な、ちょろい女だな、私は。


 でも、わかっている。ずっと親愛の情すら与えられずいただけ情や愛に飢えているということくらい。だから期待、してしまう。殿下に想ってもらえたら幸せだろうかと。


 不釣りあいなのは、分不相応ぶんふそうおうなのは重々承知。だけどそれでも愛されたなら私は。


 きっと天にのぼる心地となって喜ぶ。それすら目に見えるようで我ながら呆れる。


 ずっと、虐げられていたし、利用されることだけを目的にむらのあばら家に追いやられていたし、両親はまるで目にもうつらない、とばかり無視したし、弟妹を可愛がった。


 そのことでひとをねたましい、と思って浅ましくも嫉妬しっとするこの心がいとわしい。知りたくもなかった自らの中に眠るどころか常時鼻息荒く興奮しているそねみの心がわずらわしく恥ずかしいとも思えた。私にそんな資格ない。鬼妖きよう魅入みいられた私が誰かに愛されるなど。


 望んじゃいけない。なのに……――。「ジン」と、私を呼ぶ温かい声が心地よくて。


 ……なんて、醜い。独占したい、だなんて思っちゃいけない御方おかたなのに。だのに。


「この品、私にあわせられるか?」


「お? お后だと聞いたがずいぶん逞しい」


「できないのか、高?」


「! できるさ。してみせましょう。この鍛冶職人、高家の名に懸けて、必ずや!」


 高家の鴻永は私に正体がバレていたことに一瞬だけ虚を衝かれた様子だったがすぐさま私を戦に通じようとする気概きがいある、鍛冶師の心を擽る者だと判じたようで軽く採寸。


 私は要望を伝えておく。手は最低限の防御でいいことと妖作だと当人が言っていたそいつを基礎にして構成やなんかは高の手腕を見込んで任せるし、出来が悪ければ遠慮なくやり直させる、とも。高は私の男前な気性きしょうに目を真ん丸くしていたが、喉を震わせた。


「あの気難しい皇太子こうたいし殿下を籠絡ろうらくした美女はどんな女のクズかと思ったが予想外だ」


「そう。伝えておく」


「待て待て。だってよお、ここの、後宮こうきゅうきさきたちなんて「戦事いくさごとにも通じますの」だあなんだの言って結局鎧も武器も埃かぶらせて流行はやりの服や宝石に目の色変えるんだぜ?」


 うん。そりゃあ女なんてなあそんなもんだと熟知していないてめえが悪い。女なんて時に口から、どころか口を尖らせて生まれたんじゃねえか? みたいなのだっている。


 それを考えればたしかに私は異端。こうも真剣に武具と向きあっているような女。


 通常ならありえない気質きしつはやはり北領ほくりょうに多いとされる水性すいしょうの特徴なんだろうか。戦事の中でも特に武芸ぶげいに秀でていてしきかいさずとも敵将の首をあげる強者つわもの揃いだ、という。


 徹底して冷徹に在りて冷静な冷酷な者が多いのに、時に荒ぶるほどの勢いで感情を爆発させる。まるで、豪雨ごうう水嵩みずかさの増した貯水ちょすいが恵みでなく、すべてをぎ倒す凶器とけるように。野菜も米もなにもかも押し流すかの如く。奥底に深い情と激しさを秘める。


 両陛下は、多分皇后こうごう陛下の方は水性。そして、現代皇帝こうてい陛下はこのみやこ気質きしつである土性どしょうと母君であり、皇太后こうたいごうである子蘭シラン様の火性かしょうを継いでいる。となれば水剋火すいこくか土剋水どこくすいがあわさり、殿下は少々特殊なしょうを持っているのかもしれない。……いや、詳しくないが。


 てか、気難しいのか、殿下。私の前では常に尻尾ふりふりしている犬、みたいな印象があったんだが。わかりやすい、というか。素直、というか。そんな感じの雰囲気ふんいきが。


 まあ、私から「殿下って犬っぽくね?」と言う気はさらっさらないので高と話を詰め終えて契約けいやくの同意書は殿下に確認を取ってから署名サインをもらう、とのことだったので私は軽く礼を取ってから室をでて最後の目的地で、最も緊張する場所に向かって歩きだした。


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