四九話 衣装あわせ。装飾品あわせへ


 そこで、ふと思ったことがひとつ。というか、思いだしたことがひとつあったぞ。


 桜綾ヨウリン様がせっかくあつらえてくれた装飾品一式、あの応接の間にぶちまけてきちまったっけ、と。いまさらすぎること。特にかんざしについては粉々のお隣様状態にしちまった。


 いかに彼女が温厚でおおらかといえ、これは馘首かくしゅものではなかろうか? そこまでいかなくてもまた侍女じじょたちに眉をひそめられる事態であろうことは想像に易いと思うぞ?


 宦官かんがんの案内についていきながら私はこっそり嘆息。ありのままを話そう。ユエが言ってきたように腹をくくっておこう。それで、最初の場所に通され、目をつむってしまった。


 うぎゅ、眩しっ! なにこれ、すごく華美かびな衣がところ狭しとかけられているんだがどうしろ、とおっしゃるんだろう? そう思ってへやを進むと糸目の高齢女性が微笑む。


「鬼の半面はんめんジン様でいらっしゃいますね?」


「あ、はい」


「わたくし、皇宮こうぐう御用達ごようたしの服飾縫製ほうせい職人兼商人あきんどをさせていただいております、紅蠟ホンロウと申します。以後、どうぞ静様もご贔屓くださいませ。さて、早速ですが採寸を頼みます」


 頼みます。そう、低姿勢なわりには結構な迫力のあるばばあだなあ。なんて思っているうちにその商家しょうかの使用人たちだろう者らが採寸の為、衣をいだ。月は……高みの見物。


 使用人のひとりが一度だけ近づこうとしたが月は手で追っ払った。ので私の体をはかるのに忙しくしはじめなさった。で、はかられながら私は婆、もとい紅蠟の話に耳を傾ける。主に装飾品の好み。宝石の等級はすでに殿下が注文したそうであとは服の意匠デザインだ。


 交領襦裙こうりょうじゅくんだの斉胸襦裙さいきょうじゅくんだのと言われてもさっぱりだ。さっぱりすっぱり意味不明な記号で暗号か、真剣に疑っていると紅蠟が見本の小冊子を見せてくれた。……ふむふむ。


 交領襦裙、と呼ばれるのは着物のように胸の前で衣をあわせて帯を腰で締める型。


 斉胸襦裙、はとこちらは胸のところで帯を締める型で胸の大きな方だとかあとはご懐妊かいにんきさき様に人気がある、とのことだった。じゃあ、ほぼほぼ交領の方で決まりの――。


「静様、ぜひともこちら、斉胸の方もお召しくださいまし。なにせ、殿下が静様にはこちらの意匠も絶対に似合う、とおっしゃってらっしゃいましたし、わたくし共もそう思います故。それにゆくゆくはおしになるもの、慣れていらした方がよろしいかと……」


 ソウデスヨネ。なんていったってあの、殿下は私を后妃こうひにすると声高に、それも皇帝こうてい皇后こうごう両陛下の前で宣言してみせた。と、なれば陛下たちも当然私に「そうしたこと」を強く望まれるし、期待なさるってことだ。それにそう、「そう」なればまあ斉胸を着る。


 ただあの、私、胸はあまり自信がない。なので、あまり強調しないくらいの意匠に抑えてほしい、とだけ伝えて色あわせにお顔を拝見したい、と言われ恥ずかしかったがもういまさらなので面を外して月に放って渡しておいた。途端、部屋の雰囲気ふんいきが変化した。


 実際にたんを切って縫いあわせてをする針子はりこさんだろう中年女性たちも宝飾品の場所にいた歳若い女性たちもさらには紅蠟も深々と感嘆? の息をつきなさった。なんでだ?


 私が首を傾げると紅蠟ばあがいの一に正気に戻って咳払いしたが、皺に埋もれた目に恍惚こうこつとした色があるのは私の目が悪いんだろうか? 不具合があるのか、私の目ん玉。


 が、私が困るより早く女性たちが慌てだした。なんだろう、忙しそうだから詳しくはわからないが「こんなものじゃ間にあわない!」だの「一等いっとうなんかじゃ絶対に無理。特等とくとうのお品でも負けてしまいますわ!」だの言っている。私は首を捻るばかりだ。はてえ?


 で、室内で唯一寛いでいる月に振り返るとなんか、なんだろうすごく憐れまれた。


 なんだってんだ、こいつはこいつで。私は下着姿で突っ立っているのもアレなので桜綾様が用意してくれた服を着ようとしたが、紅蠟ばあに制止されてなにか、渡された。


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