四六話 茶と茶請けと肴に小話も


ジン、今日はひとまず侍女じじょたちのへやがあるところにひとつ用意させたからユエと泊ま」


「……」


「静? ……なあ、俺の気持ちを今すぐに受け止めろとは言わない。ただ、俺の気持ちに嘘偽りはないのは覚えておいてくれ。お前でなければできないことはたくさんある」


「代われるひとが見つかるさ」


「見つかるか。絶対だ、静。あの夜、俺はたしかに永き渇きを満たされたのだから」


 なんて、あったかい言葉。あのむらにいたらけっして聞けなかった言葉は優しくて私の空っぽで、なにもない空虚にするりと入り込んで、はじめて、私こそ水をえた気分だ。


 ずっと、渇いていた。でも、我儘わがままだからと押し込めた。誰か、私を認めて。私を見て触れて大事にして、愛し、て……。ハオが守ってくれるのは体だけだ。心はきだしで。


 幼いまま、愛知らずとも愛されたくてたまらなかったのはとても滑稽こっけいでみっともなくてならなかったのに。殿下は私をまっすぐ見て、気持ちの整理を待ってくれる、とさえ。


 優しい、ひと。なのに、私は乱暴にこのひとを言葉で傷つけて……。嫌われて当然なのに、どうしてそれでも、私のある意味気持ちを受け止めてくれるの? 意味不明だ。


 鬼妖きよう魅入みいられた鬼の娘が皇太子こうたいし殿下に愛囁かれるなんて状況ありっこない。夢であれば気が楽なのに、でも、それと同時に現実に、実際に我が身に起こっていると誰か証明してくれ。そう思って、願ってついつい月を見る。すると天狐てんこは身を乗りだしてきた。


「ふえ?」


「ふふふ、これもまた世の混沌こんとん予兆よちょうよな」


「?」


「なに、ぬしは黙って愛されておればよい」


 それはどういう助言だ、月。それに世の混沌の予兆って殿下が私に、その、愛を傾けることがか? どうしてそうなる。てめえの頭の中はどうなっていやがるんだか疑問。


 不可解すぎる天狐に頬をつねられている私は意味不明ながら月の手を払っておいた。


 それからは殿下が淹れた茶を飲み、茶けをいただき、殿下が聞きたいと言うままに私の中にいる浩のことをより詳しく話したり、邑が今どうなっていようが知ったことじゃないこと。どうせ引水ができなくて干乾ひからび、そのうち滅びの道をゆく、とは月の発言。


 それは、私も思ったけど言わない。そこまで私は底意地悪くはなれない。口は悪いし汚いと思うが。であっても、私は月のようにはなれない。なりたい、とも思わないが。


 で、しばらく話を聞いていた殿下だが。


「ひょっとして、静が生まれたのは北領ほくりょう奥部おくぶにある小さな邑か? あそこは去年までずっと一握りではあったが格別に美味うまい米や野菜をおさめていたんで農耕のうこうに尽力したこうたたえて特別に多く手当てをだしていたのだが……。なにか思い当たることはあるか?」


「多分、私が特別調合した妖力水ようりきすいを引いていた邑の長の田畑の品、じゃないか、と」


「妖、力水……?」


 桜綾ヨウリン様と同じ疑問に私は簡単に答えておく。そんでもってこれまでの数日彼女の、淑妃しゅくひもとで世話になっていたことを告げると、殿下は急にこめかみが痛みだしたみたい。


 ぶつぶつ言っているのを聞くに「四夫人しふじんのところにも触れをだすべきだった」と。


 私はある意味助かっていたんだが、痛恨のアレというやつだったらしい。殿下にとってしてみれば。別に悔やむことでもないと思うんだが。こうして今日会っているんだ。


 ま、まあアレだ。私は別に嬉しいとは思わないっ。と、いまだに素直になれない私に内心ため息がでていきそうになる。こんなこと考えるなんてひねくれるにもほどがある。


 殿下は正直に気持ちを示してくれたのに。長年、十八年の積み重ねが私を卑屈ひくつにさせるのが憎たらしい。で、いい加減に顔が涼しいのが気になってならず、めんをつけ直す。


 月は「恥ずかしがりめ」と茶化ちゃかし、殿下は「眼福がんぷくのお預けだな」とひと、あやかし共にからかっているのかと、言いたい。まあ、殿下の言葉は恥ずかしいくらい真摯しんしだが。


 私が面をつけると殿下がきんかねというかかね? を鳴らして宦官かんがんを呼び、私の案内と皇帝こうてい陛下への謁見えっけんを依頼するように頼んでいる。……あの紙型かみがたの、式神しきがみについて、かな?


 いや、私が詮索することでない。だから黙って案内についていく。皇宮こうぐうを移動していって少しだけ華やいだ場所に抜けた。扉や壁にあしらわれているのは花や小鳥の構図。


 木を削って彫りあげた壁が並ぶ奥にある室の鍵が開けられて扉が開かれたので月が先行していき、私は鍵を案内の宦官から預かってから室に入って月が蠟燭ろうそく灯籠とうろうあかりをともしてくれたので扉を閉めて施錠。そのままふらふら歩いて椅子に崩れ落ち、深呼吸。


「緊張したかえ?」


「しない方がおかしいだろ」


「ふふ、顔も見られたしのう?」


 月、てめえ。そういう余計なこと思いださせるんじゃねえよ。ああ、恥ずかしいっただの穴だなんて贅沢言わない、墓穴ぼけつでもいいからは入れるもんなら入ってこもりたい!


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