四五話 狐のからかい。殿下はのろけ(?)続行


 なにも飲んでいないのにせてしまった私だがすぐユエ手巾しゅきんを渡してくれた。で、まじまじと顔を見られる。なに、あ。こいつのことだ。美意識高く、自意識も高いしな。


 およそなにを言うかなんて想像つく。「わらわには及ばん」だの「きさきになるには不足であろうにのう~?」だのと私と殿下双方を虚仮こけにする言葉を吐く。というかむしろ吐け!


「もったいつける筈よなあ」


 噎せる私の背を軽く叩いてくる月はなんか、予想と違ってよくわからない言葉を紡ぎはじめた。もったいつける、もったいぶる筈だ、とな? なにのこと、なにの話それ?


 私が月の言葉の意図をはかりかねていると月は自らの黄金おうごんの髪を一房ひとふさ手ですくってなにやら思案していたが、ややあって「やっていられない」もしくは深いため息でもつきそうな落胆顔で私をひたり、と見つめてきた。なんだ。だから、いったいなんなんだよ?


「こーんな美貌を見せつけられては妾の自信が木っ端微塵に砕け散るというものよ」


「月もたしかに美しくはあるが」


皇太子こうたいしよ、喧嘩を売っておるか?」


「ある意味、な。どうだ、ジンは美しいな?」


「ずいぶんとおおいにのろけおるのう? そこまでされては他人ならぬ他妖たようである妾の方がこっずかしい限りぢゃて。のう、静や。すさまじい溺愛できあいぶりぢゃな、ぬしの夫」


 ごふっ!? 噎せた。追加で、さっき以上に大きく噎せた私の前に茶が給仕されるがいいのか、皇太子殿下が手ずからもてなすなんて。……じゃなくて! なぜだなぜに?


 どうして人間もあやかしも揃い揃って私をはずかしめてやがるんだ。た、たしかにこの鏡にうつっているひとはとても綺麗だけど。これは、そう! そういう細工さいくがしてあるな?


 うつった者を二割だの五割だのと吝嗇りんしょくせず一〇〇〇倍くらい美麗に見せるじゅつがな!


 ぜってーそうだ。じゃなきゃ、私が綺麗に見えるなんてありえないんだから。でもそれを証明する為には術を解除しなくちゃいけない。さあて、どこに術が仕込んである?


「見よ、今度は鏡の不具合を疑いだしておる。ここまでくると天晴あっぱれな鈍さぢゃのう」


「静、鏡に仕掛けなんてないぞ。それより茶が冷めてしまう。好きなだけ疑っても、見つめてもいいが、先に茶を飲もう。それに、先ほどのしきについては一考しておかねば」


「! アレは、なんだったんだ」


「暗殺用、にしては異質だったな。おどかすだけにしてはだが大掛かりであったし、このみやに騒ぎでも起こそうという腹だったのかもしれん。そして、浮足立ったとこを、な」


 そう言って殿下は茶器ちゃきをくるり、と揺らして中の茶を揺らめかせて思考してか目を伏せる。そんな挙措きょそが非常にうるわしく、並の女なら敵わない優雅さだと思った。私も当然。


 敵いっこない。幼い頃から優雅のなんたるかを叩き込まれてきたであろう皇太子殿下に挙措で、仕草で勝とうなんて土台無理な話。それくらい端正すぎて眩しい振る舞い。


 なのに、この男は私をつまにする、と言って言って言い続けて揺らがないことから。


 本気、なんだ。そう思うと私は嬉しい、よりは恐ろしいと思ってしまう。だってこいつは皇太子。当然きさきをもめとる。その妃たちと比べられたなら、私は、人間以下の私は。


 うぐぐ。胃が痛い。どうして胃痛なんて覚えなくちゃいけないんだろうか。こんなふうに振りまわされるなんてらしくない以前になかった。あのむらで、旅路でもなかった。


 それを言ってしまえば私に言い寄る男なんてはじめてであり、恋も、愛も知らない私に后だなんて大役たいやくが務まるとはとても思えない。ただ、こうなったらもう、引けない。


「あ、のさ……」


「うん?」


「私、作法さほうなんてなにも、だから恥を」


「……。大丈夫だ。母上に頼んでおこう」


「いや、皇后こうごう陛下に迷惑をかけるのはさすがにまずいと思うというかダメすぎるし」


「辞退、などさせぬ。お前は必要以上に構えぬようあってくれたらいい。そして、俺を支えてくれれば充分なのだ。それで足りない、と思うなら仕事の前に聞いたのだが父上がお前を将軍に、とそうとしたそうだな? そちらを務める、というのはどうだろう」


「……ん?」


しょうとして俺を戦の場でも支える。いい隠れみのだ。后とあらば敵国の標的にもなる」


 なんじゃそら。ちょ、それはさすがに皇帝こうてい陛下も皇后陛下も眉をひそめるのではないでしょうか。てか、ぜひともお小言のひとつくれてやってくれ、この変な皇太子にっ!


 なにいいこと思いついた、みたいな顔してアホなこと言いだしていやがるんだろ。


 普通に考えてありえねえ。……から、いいのか。たしかに天琳テンレイ国の皇太子が絶対的なちょうを傾ける女性にょしょうさらえばこの国はいろいろと面倒臭い事態に陥りかねない。なるほど。


 たしかに隠れ蓑として将軍となるのはいいかもしれないし、そちらの方が力を発揮できそうで后として寵を競うよりも万倍役に立てると自負できる。というか、それくらいしか取り柄もない。私は殿下がどれほど言葉を尽くしてくれても変われないかもしれん。


 それくらい歪んだしつけによって存在を位置づけられてきたからこそ。どれほど殿下がまっすぐであっても苦い、つらいあの頃の思い出の方が多いからかそちらに引っ張られる。


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