四三話 皇太子の私自慢、って公開処刑か!?


 なのに、嵐燦ランサン皇太子こうたいしは一切よどむことなく語りはじめた。私のなににれたのか。


「まずは顔立ちが好ましかった。そして、中でも瞳に猛烈もうれつかれ、潔い発言や俺を恐れぬ口の達者たっしゃさは憧れるにあたいする。ああ、あと他の女のよう過剰に飾らない様もだ!」


 思わず、閉口してしまう。な、にを恥ずかしげもなく言っていやがるんだこいつ。


 たしかに一部を除いて当たっているけどでも、それをそのまま言っても臣下しんかたちが信じないと思うんだが。皇太子はやがてこちら様こそ過剰すぎる熱をはらんだ声色こわいろで語る。


 漆黒の瞳がキラキラ輝くのがなんだか大型の犬でも見ている心地になる。夢見るように皇太子、もとい殿下、とでも呼ぶか。殿下はちょっと引き気味のユエに語っていった。


 私の美貌というか、美しさのほどってのを。熱く、超絶ちょうぜつ熱く発火しそうな勢いで。


 放っておいたら燃えあがるんじゃねえか、ってくらいの熱を持った声と言葉たち。


「たっぷりつやを含んだ黒髪は見ての通り」


「う、うむ」


「白い肌だがほのかにべにふくんだようだ」


「あ、ああ」


「そして、なにより瞳! あんな美しい宝石もかすませる瞳を俺は生まれてはじめて見たのだ。これまで交易商こうえきしょうたちがきさきたちに珍しい渡来品とらいひんを持ってくることも多く、品をあらかじめあらためていた俺が見た中で似ていたのは青金石ラピスラズリ、まさにその瞳をジンは持っている」


「ほ、ほほう?」


 おい、ヤバい。月が、傲岸不遜ごうがんふそん権化ごんげが圧倒されているというかかなりドン引き。


 よかった、私に向けられなくて。……や、はたで聞いていてもこっずかしいんだけどもさ。夢でも見たんじゃないのか、殿下? 私がそんなわけない。とも言い切れない。


 なにしろ、鏡を見てこなかったもんだから。アレは、いつくらいからだろうか? えっと思いだせないくらい昔から鏡、水面みなもすらも見ないように育ってきたからなあ、私。


 そこで、私は一応確認してみる。


「夢でも見てい」


「あんな鮮烈せんれつな夢があるかッ!」


 一喝いっかつされてしまった。私が黙ると、殿下はなぜかハッとした様子でおろりとしたが咳払いしてなんだか、なんだアレ、きん製の巨大鈴だろうか? それを手にして鳴らした。


 涼しげな、この猛烈な暑さと殿下の熱気ですようだったへやにそのはすごくりょうをもたらせてくれた。そうして、少しすると宦官かんがんがひとり駆けてきた。呼びだしの鈴……?


 音がすごく綺麗だったことから混ぜ物なしの純金じゅんきん製、といったところか。で、何事か言いつけてさがらせた殿下は室内の戸棚の方へ歩いていって探し物をしはじめた。えーっと? どうしたらいいのだろうか、この状況を。月はひきつった顔でいる。多分私も。


 おそらく熱烈ねつれつに私のことを語られてさしもの月もその熱意に驚いた、ってとこか。


「ああ、これだ、これ」


「失礼します。茶の各一式と茶けです」


「置いてさがってくれ。くれぐれもここに何人なんぴとたりとて近づけるな。たがえたら――」


「承知しました」


 いや、え、ちょっと? あの、すごく軽くおどしが混ざったんだがよかったのか承知しちゃって。私だったら「不測の侵入者はご容赦」くらいつけて加えておくんだがなあ。


 ああ、まあそこは殿下と彼らの信頼で成り立っている部分なのだろうし、私が口を挟むことじゃあない。ので、私はたくの上を見てみる。ご、豪勢ごうせいな、ことですね、これは。


 いろんな茶葉が少しずつ紙の袋にふうされていてそれぞれに茶葉の名前とどこの品かが書かれている。茶だけでも一財産ひとざいさんなくらいあるのに、さらに菓子や塩味の茶請けまで。


 おもてなしの極意。とでも名づけようかなあ。そう、私がアホなことを考えていると戻ってきた殿下がきりの平たい、まま薄めの箱を卓に置いて目で私に問いかけてきたが。


 つまりなんだ。茶と茶請けを選んで一緒に茶をしようってことであっているかね?


 私は首を横に振る。散々暴言吐いておいてこの上もてなされようと思える鉄面皮じゃないもんだから。だが、殿下はしつこく私にどの茶がいい、どの茶請けがいい、と問いかける。そんでもって極めつけにめんを取ってみろ、と来た。なんでそうなる? なんで。


「鏡を、見てみないか?」


「絶対いやだ」


「静、見ればわかる。恐れる気持ちはわからなくもない。それでも見て知ってくれ」


「なにを?」


「お前の美しさを、だ」


 おい、月。こいつまだのろけ、のろけ? というか妄想に浸っているっぽいけど。


 どうしたらいい? どうすれば。が、月は殿下の熱弁ねつべん攻撃の衝撃からようやく回復したようでにやあ、と笑ってきた。あ、これ、ダメなやつ……。そう思ったが月が早い。


 私の面紐めんひもをほどいて素早く面を取り外して奪っていった。私は咄嗟とっさに顔を隠して俯くだけで足りなくてバッと両足をあげて膝に顔をうずめて徹底防御! の姿勢へ落ち着く。


 これに殿下もだが月も困ったように笑う。それは、本当に困った者を見る苦笑で私がこれまで浴びせかけられてきた嘲笑ちょうしょうがどれほど冷たく痛かったか再確認できてしまう。


 優しい笑声しょうせい。月の指先が私の肩をつっつく。無視。殿下はなにかごそごそと音を立てている。いたが、ややあってこれまでの人生ではじめてとなる優しい声で促してきた。


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