四二話 恨み言吐き切ったら、そしたら……


 困惑する相手を見かねたのか、はじめからそのつもりだったのか、ユエが細かくともところどころ端折はしおって説明した。私の生まれ。ハオという大鬼妖だいきようむらでの扱い。皇太子こうたいしの令で変化した日常。月との出会いでいっぱい変わって現在がある。ずっとめんをつけてきた。


 これは、私へのいましめであり、御守り。私は醜い。鬼に命拾われた穢れ娘。よって鬼面おにめんをつけることで威嚇いかくして浩の守りをもらう。皇太子は始終呆けていた。なんなんだか。


 てめえが胸を痛めることなんてなにひとつとしてねえだろうが。てめえは次期天子てんしで私はいやしい下賤げせんな邑でもさらに鬼妖に魅入みいられた人間もどき。人間じゃあ、ないんだ。


ジン、俺は」


「うるせえよ」


「……っ」


「私はてめえと利く口なんぞ持たねえんだ。なにしろ汚らわしすぎて高潔こうけつなる皇太子殿下には、私なんてふたを開けちまえば穢れに満ちている存在だもんなあ。……だろう?」


 確信を衝かれてか、皇太子は再びしおしおとうずくまりかけたが月が止めて私の対面に座らせてやった。こんなクソ野郎の世話なんぞ焼く必要あったか。勝手にしなびさせちまえ。


 お似合いだ。私に鬼面が似合うのと同じだけこの男には無様さが似合いだ。そう、思おうと考える時点で、私の胸には罪悪感が芽生めばえているから困りものだ。なぜ許せる?


 ありえない。あってはならない。こんなふう弱った姿をさらしただけなことで詫びだの謝罪だのに代わるなんて、そんなのは甘えだ。所詮、甘やかされて育った生き物だ。


 ……もしも、私が私のように生きてさえいなければこんな綺麗な男のきさきとなるなどと光栄の極みであり、家、どころか邑をあげてのお祝いになって。で、結納金ゆいのうきんにたかる。


 そうじゃない。私には偉大な浩が入っていて人間じゃない私が息をしている。邑に報せてやる義理もない。あの親共は私など最初から生まれていなかったかのよう振る舞っていた。死人しびと以下として扱いやがった。そんなのに金を恵んでやることもないであろう。


「どう、すればいい?」


「はあ?」


「どうすれば、お前は俺を想ってくれる」


「ありえねえ妄想すんな。気持ち悪ぃ」


「……そう、切り捨ててくれるな。静。胸が潰れてしまいそうだ。俺はただひとり、お前からの愛がほしいのだ。お前はなにが欲しい? お前ならどうやって手に入れる?」


 こいつは本格的真正しんせい阿呆あほうにして真性しんせいのバカだろうか。だったら一刻も早く死ぬべきだろうに。だが、思ってもみない質問だ。私が、欲しい、もの? そんなの……――。


 どう、しよう。引っ込んだ筈の悲しみが溢れてきそうだ。なんでも、望めば手に入る皇太子という立場に胡坐あぐらかくこいつにてられたせいか。うっかり、考えてしまった。


 私が、欲しかったのは……いていい、場所といてもいい、と言ってくれるひとだ。


 目の前の男は両方一緒に私に差しだそうと示してくれているのに、私はまた、月いわくくだらない意地を張ってしまっている、と? そして、やがて機を逸して後悔するの?


 いいのか、いても。いいのか、私なんか。私なんてなんの役にも立たない。私が役立てることなんて水の恵みをわけてやるくらいなもので他になくて、役立たず、だって。


 私がいまさらすぎることで困って月を見る。相手は「しょうがないやつぢゃのう」とでも言いたげなやれやれ、という仕草しぐさを取った。むかり。だが、一番ダメなのは私だ。


「おい、皇太子」


「お前は静のしきの……」


「うむ。月ぢゃ」


「では、静は水面みなも、といったところか」


「? なぜぢゃ。まあ、凪いでおると思ったら突然荒ぶるところはさすがぢゃがの」


 うるせえ、月。こんにゃろうが。私が珍しく大反省しているのを知っている上でこうした話題を引っ張ってくるから性質たちが悪い、と私に言われるとわかっているだろうに。


 しかし、まあ。こうして冷静に見るとこの皇太子は本当に整った顔をしている。まさに一国をべるに相応しい、象徴のような美貌で私とは一切無縁な存在なクセに……。


 なのに、私が、私の気持ちが欲しい。そう望むのはなぜなのだろう? これまでにだっていろんな美女を見てきただろうにそこでなぜ私に飛びつくのだ? 好みが厳しい?


「あの夜見た静の美しさが忘れられない」


「おおっ、そういえば忘れない、と言うておったのう。で、静のどーこにれた?」


 おい、クソぎつね。皇太子を茶化ちゃかすんじゃねえ。さすがに可哀想になってきただろう。


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