四一話 装飾品々をぶちまけて、怒り爆発させて


 引き抜いたかんざしを苛立ちに任せて床に叩きつける。繊細せんさいな細工はそれだけで砕けた。


 散った小花。割れた黒い薔薇そうび。簪の本体にもひびが走る。だけど、おさまらなくて鎮められなくて、私は苛立つまま桜綾ヨウリン様にあつらえてもらった装飾の品を残らず外して床に捨てる。私は着飾るような者じゃない。だいたい、穢れた鬼娘がどれほど飾ったって。


 ただただ、滑稽こっけいなだけだ。背伸びしすぎ。


 所詮本性は変わらない。粗暴そぼう粗野そやで乱暴で雑でこうして綺麗なものをいとも容易たやすく壊してしまう。目頭が熱くなる、なってくる。こんなもの人身御供ひとみごくうも同然じゃないか。


 あの皇太子こうたいしが仕事できないからっていって駄々だだこねてなぜかあの日、醜さをさらした筈の私を欲しがった。嘲る為だろうか? 醜さを笑う為だろうか? それか……なに。


 本当に私なんかを気に入っているわけないというのに。私はこの後宮こうきゅうにいるきさきたちにしてはならない。醜く、知識も貧しく、文字も書けないというのになにができると?


 支えられるわけねえだろ。だいたい、支えたいと思わない。あんな身勝手な野郎。


 私にできることなんて、なにもない。ちょっと水の扱いに秀でているそれだけだ。


「室内のものは壊すでないぞ?」


「っるせえな、わかってんよ」


「……悪い話ではないと思ったのだが。ようやくぬしをまともに愛してくれる者が現れたのぢゃから。わらわとしては将兵志願より、后妃こうひにおさまる方が心身が解放される、と」


「ちっ、なに言ってんだ、ユエ。あのクソ皇太子のせいで私がどれだけ苦い泥汁どろじるをすすらせられたと思ってんだ!? やっぱアレだな、他人は他人、他妖たようしかりってことだろ」


ジン


「んだよ?」


「先から扉の向こうで固まっておるわっぱがおるのだがそれでも続けるほどかえ?」


 月に指摘されて私はハッとしたが、吐いたものは戻らないのはもうわかっている。桜綾様の時に思ったから。でも、今回は事情が違う。だからなんだ、くらいは言いたい。


 なんなら面と向かってでも言ってやりたい。てめえのせいで私の惨めさは研きをかけられたのだ、と。発令するなら、慎重になれよ。当たり前だろ。ただてめえらに害がないからって安易に発案されたものを声にしやがって。私が扉を睨むと開けられたそこに。


 先ほど別れるまであった機嫌が霧散むさんし、驚きと悲しみの表情でいろどった美貌の主が入ってきた。そして壁にもたれる私にへやの中央にあるたくと長椅子を示したので、座れ、と?


 へーへー、傲慢ごうまん皇族こうぞくの象徴のような態度だ。クソ皇太子は妙にしゅん、とした様子で歩いてきて手で外の宦官かんがんたちに外すよう、合図している。そして、人目がなくなっていくのを待っていたのか、座った私のそばに来て思いっ切りぬかづいた。……だから、なに?


 そんなもので私の不遇ふぐうに報いれると思っているんだろうか。バカバカしい。短絡的で単純でみっともなくて、その場凌ぎにしてもその程度なんだー、ふーん、とも思えん。


「んだよ?」


「すまなかった。そんなつもりは」


「そのつもりがあったら怖すぎるっての」


「俺の未熟さにつけ込まれた。わかっている。俺のとがだと。だが、あの法案を通さないことには兵力強化が見込めなかったというのは現実問題としてあったのだ。だが、だからといってお前のような者がいないことを願っていたのに、俺は、よりによって……っ」


「だから、なんだよ。もう私は腐った故郷でもないあのむらに二度捨てられて二度助かっている。それ以上を望むつもりもねえ。……人間は誰も私を助けてくれなかったしな」


 そこでクソ皇太子、嵐燦ランサンの顔があがる。意味をはかれない、という顔をしている。


 面倒臭い。身の上話なんてどうでもいい。さらにはそれをこの野郎にだけは憐れまれたくねえ。だって、全部、こいつのせいだ。凶作は陰陽いんようの乱れ。こいつの出生があの大凶作のきざしとなった、くらい想像ついている。作物に注がれるべきを奪い、生まれた。


 その自覚、ねえだろう? どうせてめえらは手を汚さず、令だけ発していれば飯が食えるんだ。いいご身分だことで。私はふん、とそっぽ向いて無様な皇太子を無視した。


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