三六話 物音に引かれ、その美に惹かれ
――ぱしゃ。不意に、音。水の音? だが、こんな水路も通されていない場所でなにがどうして水が音を立てるのだろう。俺は興味と好奇心に珍しく、いや、生まれてはじめて駆られてそっと音が聞こえた方へ向かっていった。そこにいたのは背格好から、女?
こんな場所に女が、
女はこちらに背を向けてちょっとした岩に腰かけなにかを熱心に研いている様子。
邪魔をするのもなんだ、と思ったのでそっと近づくと顔の上半分を覆う仮面、か?
なんだ、と思った。この女も化粧で着飾る腐った女共同様
背からなのであまり詳細はわからないが
……しかし、あの手。どれほど
まるで、妃のような……。いや、妃であろうとあそこまで美しい手にはならない。
ふと、女がため息をついた。嘆くようであり、
彼の賢妃の宮の侍女たちは把握している。不本意ながら下女共も顔は知っている。というのも俺に
背後に立った俺に気づかず、その女はやはり自らを軽んじるよう自嘲し、零した。
「……お似合い、だな」
「なにがだ」
その声があまりに淋しそうだったから、俺は思わず声をあげていた。疑問を述べただけだったが女は肩を大きく跳ねさせて持っていた、研いていたあの仮面を顔に当てた。
動揺激しく
「なん、なんの、用だ?」
「こちらの台詞だ。ここでなにをしている」
「散歩。ついでに、手入れ」
少々声がひっくり返っていたが、徐々に落ち着いていく声は
昼に会っていた女たちの
なんて、美しい女――。黒い、たっぷりと艶を含んだ絹糸の髪。くすみもシミも
よくはないが、仮に今は置いておく。俺がなにより驚き、心を掴まれたのは女の不思議でこの世のものならざる瞳だった。はっきりとした蒼に黄金の影を
瞳孔はやや鋭く、
この世の者と思えない美。顔の造作も整っている。部品ひとつひとつが可憐で愛らしくあるが故に余計、際立ってその宝石の瞳が神秘的で……時も呼吸も忘れて見入った。
が、俺がまじまじ見つめてしまった数瞬後、女は我に返って俺の手を振り払い、面をその美麗すぎる顔に押し当ててしまった。もったいない。あんな
俺は、気づけば素性も知れない女に一歩近づいて声をかけていた。もう一度、今一度あの清浄な、
なのに、俺の接近に気づいた、わけではないというのに女……いや、あの顔立ちからしてまだ少女と言って差し支えない歳の頃の娘は激しく震えていた。まるで、仕置きを恐れる幼子のように。……どういうことだ。そう思った矢先、震える涙声が叫んできた。
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