三五話 いないのか、俺を見てくれる者は


 例えば、ここ数日すすめられて会ったきさき、まではいかずともきさき候補たちも俺が仕事で少しだけ席を外した瞬間本性を現すもんだから、いい加減辟易へきえきするというものだろう。


 商家しょうかの娘をきおろす貴族娘共もそうだがやり返しただけにしたってあの商家の娘の嫌みぶしは聞いていて耳が腐りそうだった。当然、そんな者共に俺を支える役を与えたくないので母には悪いが断ってもらった。俺が言うとかどが立つからだ。女を見る目がない。


 そう、女共の親は勝手に口を揃える。俺が聞いた醜態しゅうたいなど聞こえないかのように我が子とはそこまで可愛く見えてしまうものなのだろうか? よくわからない。俺は特に。


 こうした特殊な環境で育ったせいだろう。女共に同情こそすれ、共感はできない。


 特別「私って可愛いでしょ?」と主張してくる自己賛美さんびがすさまじい女には反吐へどがでそうになる。どれだけ自分を売り込むのに必死なのだろう。それならその仮面をげ。


 醜悪しゅうあくな本性を隠すその仮面を剝ぎ取ってなお主張できるならばたいしたもんだ。恐れ入るが、受け入れがたい。父の時は妃たちの入内じゅだいなるものは身分さえたしかなら確約されていたようでそこは俺の代から変えてほしい、と願って面談して俺が認めた女に許す。


 が、俺が我儘わがままなのか来る女来る女がこぞって醜悪なのか知れないがとてもひとりたりともふところに入れられなければ抱きたいとも思わない。そう思うと父は恵まれていたのか?


 少なくとも醜い性根しょうねを恥じて隠そうと必死になる者、それすらも我が美だとする潔い者や、ちょうをえる以上に皇帝こうていとついだ実績の方を欲しがる者、慈愛を持て余していた者。


 そうした妃たちが牽制けんせいしあうことで調和が保たれてはいたのだ。ただし、俺が帝位ていいぐとなれば俺のもとに自身の身内を、としてくるのは目に見えているので気が重い。


「殿下、殿下ーっ!」


「? 騒がしいぞ」


「ご無礼つかまつりますっ大変です。陛下方が向かわれた湖に巨大妖魚ようぎょが住み着いていて」


「なっ!? ご無事なのかっ?」


 夏の暑さにゆでられながら俺が読み終えた本を棚に片して深くため息をついていると部屋の扉が叩かれた。宦官かんがんがひとり飛び込んできて礼を取り、告げてきたことひとつ。


 陛下たちが妖魚の襲撃にあったこと。偶然居あわせた旅の者が仕留めたことと両陛下は無事であり、実際襲われかけた桜綾ヨウリンと娘の優杏ユアン公主ひめも幸いお怪我もなかった、と。


 陛下の早馬はやうまによる報せによればその旅の者をここ、後宮こうきゅうに特例として招き入れるらしいので俺は目を見張った。後宮に特例として、とつけようと男は入れぬ。つまり、女。


 宦官の報告によると若い娘だそうなので、この昼に俺と面談する者にまぎれさせて入内させるということだろう。この手の対応策などの機敏さで、俺は父に敵う気がしない。


 しかし、どこの誰とも知れない女だというのならどこに放り込む気でいるんだか。


 ここは美しく着飾り、醜く争う女の瘴気しょうきただよう花園はなぞの――後宮なのだ。どこのお人好し妃に面倒を押しつける、というと意地悪いが。……にしても女が魚といえどあやかしを一撃でめっした、という報告の方に俺は驚いた。初陣ういじんも済ませた俺だがそれは不可能だ。


 あやかしとは異質なるモノ。それを恐れも躊躇ためらいもなく死にいたらしめるとはどのような凍てついた心の持ち主だか。報告を聞き終えた俺はひとまず怪我がないそうだし自分の用事を済ませておく。今日の面談希望妃らと談笑だんしょう、という名の腹の探りあいを行う。


 そして、すべてにこやかに断ってやって気分がよかった俺は帰ってきた陛下たちを案じてから俺に構わず休養を、とお頼みして最近の気晴らしに後宮の廃虚はいきょ跡地へ向かう。


 誰もいない、遠い祖先が開拓した際、先住していた者たちが捨てていった遺跡いせき名残なごりらしく、壊すに壊せない。瓦礫がれきの端を踏んでも気が触れるという代々の教えで避ける。


 バカらしいがそれでなにか、俺の、いわく至上の身にことがあってはならないからと言われるまま育ったので、そこだけは履き違えない。俺は皇太子こうたいし巨万きょまんの富とおぼれるほどの美女という花を押しつけられ、民の為に心をき、と……神々は俺を心労で殺す気か?


 こんな窮屈きゅうくつな贅沢などらない。今日の女たちもそうだが、連日欲目よくめを押しだす女ばかりでさすがに疲れてきている。あいつらは俺を、見ていない。あいつらが見ているのは皇太子の隣に配されている后や妃の座だけだ。国母こくもの立場だけ。この先もそうだろう。


 だから俺も遠慮なく切り捨てられる。両親に愛されてはきた。臣下しんかにもまあまあ恵まれているし、侍女じじょたちもわきまえた者を母がその慧眼けいがんで見抜いて皇宮こうぐう勤めを許した。


 有能な官吏かんりに恵まれ、世話を焼く者もほんの少し心安い者たちで揃えられ、両親は惜しみなく愛を注いでくれる。なのに、この満たされない感覚はなんなんだろうか――?


 満たされているのに、渇いている。喉が渇くのに似て違う。俺を心から見て、その上で理解を示してくれる存在。そんな者に飢えているのかもしれない。……贅沢すぎる。


 そろそろ陛下も心配なさるだろう。早く妃ひとり決めなければならないのはわかるにはわかるが、どうしても踏ん切りがつかない。俺を、見てくれ。正直な心でぶつかってきてくれ。俺もそれを正面から受け止めてみせる。それが、そんな誰かを心から欲した。


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