三二話 お礼のおもてなしは渡来の紅き茶


 遅れてきたユエと共に長椅子に座ると同時に侍女じじょが茶をだしてくれた。見たことのないあかい茶は湯気をくゆらせているし、なぜか輪切りにされた檸檬レモンと動物の乳と思しき液体が入った小瓶こびんが一緒に置かれた。私が首を傾げてしげしげ眺めていると月がくっと笑う。


 む。なんだよ。はじめてのもんを見たら興味を示すのは当たり前だろ。悪いかよ。


 が、月は笑顔で皇帝こうてい皇后こうごうを見た。月てめえ、笑顔、なのかそれは? と思わず訊きたくなってしまった。それくらい邪悪で底意地悪い笑みに見える。な、なんだっての?


「ちと上等すぎるもてなしぢゃのう」


「ふむ、そうだろうか?」


妥当だとうだと思ったのですが」


「ただの紅茶こうちゃならばな。ぢゃが、これは違う。貴族御用達ごようたしの品を扱う大店おおだななどから取り寄せでもした渡来品とらいひんであろうて? この国の紅茶にはないこの独特の花に似た香りは」


「ほう、さすがに鼻が利くようだ。その通り。遠い異国の茶を取り寄せてもらった。まず最初の礼だと思ってくれるといいのだが。警戒せずとも同じ道具でれさせている」


 そう言うが早いか燕春エンシュン陛下がコウチャ、と月が言っていた紅い茶を一口。次いで乳であろう液体を入れ、軽くさじで混ぜて飲んでいく。隣では梓萌ズームォン陛下が檸檬を入れている。


 生憎と私は紅茶、というものを見たのがはじめてで異国のものだろうが自国のものだろうが味の想像もつかない。しかし、月は目配せして薄く笑いそのまま飲みはじめる。


 まあ、尻込みし続けてもどうしようもないのでそっとみやび茶器ちゃきを取りあげて袖で口元を隠す皇后陛下や月を真似て口をつける。桜綾ヨウリン様たちもそういえばこうしていたっけ?


 私と月は気にせず普通に飲んでいたけど。もしかしたら貴族の間では飲み食いするのを見せるのは作法さほう違反なのかもしれない。で、肝心の紅茶は、といえば渋味と苦味がちょうどいい塩梅あんばいでとても美味しい。香りもいい。これになにか混ぜるのはもったいない。


 でも、両陛下は混ぜて飲んでいる。もしかして私が気を張らないでいいように毒味してくれたのだろうか。……なんか申し訳ないが、紅茶を半分飲んで茶托ちゃたく(?)に戻す。


 陶器とうきの茶托なんてはじめて見た。この茶器も高そうだしこれが最初の礼って……。


 もう、もうお礼らない。胃がキリキリする。このあとなにが飛びだすか想像するのもいやだ。しばし、他三人が紅茶を堪能するのを私は生まれてはじめての胃痛を抱えてそれをどうしたもんかわからず、悩んで待っていると、燕春陛下が茶器を托子たくすに戻した。


「その方は、ジンはなぜそのようなめんを?」


「……別に。嫌がらせ半分、御守り半分で」


「嫌がらせ、というと、その方の生まれたむらの者たちへの嫌み、であっておるか?」


「桜綾様から?」


「およその事情は聞き及んだ。できればもう少しはよう招きたかったのだが息子が少し人探しをしてほしい、と言って四夫人しふじんを除くすべてのみやに触れをだしたりしておってな」


 それで招くのにこんな日数がかかったのか。黒亀宮こくきぐうの侍女たちが私の口悪さ、汚さにげっそりしていたし、その謝罪はぜひとも黒亀宮の侍女たちに言ってあげてほしいな。


 それと桜綾様たちにも。こんな豪華ごうかな衣装まで揃えてくれたのだから。あんなでかいだけの妖魚ようぎょほうむっただけなことで。ここまでされると私が恩着せがましいみたいだし。


 と、いうか息子っていうと皇太子こうたいしだよな。人探しって後宮こうきゅうで誰を探すんだろう。たしかに月によると後宮に勤めるのは二〇〇〇人以上の官女かんにょと一〇〇〇人少々の宦官かんがんたちという大所帯で、後宮は国ごとに規模に差が多少なりあれどどこもひとつの街に匹敵ひってきする。


 そこから誰を探したかったのかわからないが、親に迷惑をかけるほどってことはよほどの思い入れがある者なのだろうか? よくわからないけど。私にはそういうのない。


 実の親ですら興味も関心も寄せるにあたいしないと切られたから私も切り捨てたのだ。


「後宮で、のう? 熱心になる、以上にどうやらぬしらの言いようからしてよほど腐心ふしんしておるように聞こえたが、それはどのような美女であろうか? わらわも興味があるえ」


「それが、これまで見たどんな娘や公主ひめとも比べられないほどに美しい、と。あの者をきさきえると豪語ごうごして聞かないのですよ。あのコの后や、きさきにと志願してきた公主たちとの面談も一目見ただけで「帰れ」と蹴りつけるほどに。まったく困った息子ですこと」


 へえ。あのアホ法案を声にしたという点で好けない皇太子がそこまで腐心、というとちょい聞こえが微妙だが月が言うようにそこほど執着するってどういう女だったんだ?


 気にはなるが、訊こうとは思わない。むしろ皇太子、という単語を早いところ余所に放り投げてしまいたいので、私は月に付き合ってもらい練習した丁寧な言葉を使った。


「では、礼の茶も頂戴しましたし。こ」


「それでは、本題の礼を申そうか。静よ。その方の偉大な力をちんの為にふるわぬか?」


「そ、れのなにがお礼に……?」


「もしも、受けてくれるなら禁軍きんぐんの一部隊を任せたいと思う。天琳テンレイはじまって以来初の女将軍として丁重ていちょうぐうしようと思っている。正直、国の法で女人にょにんたたえる為には様々な問題が山積しておる。ただたんに讃える為、というのがなかなか許されないのが現状だ」


「ほほう。それで将に、のう?」


「その方の才能を腐らせるはもったいない、というのもあるにはあるが、どうだ?」


 どう、って。どう答えろと? 天子てんしの言葉に逆らえるやつこの世に存在するのか?


 しかし、な。それにしても禁軍の将を任せたいと来るとは予想外。てっきりここに来る道中で見たぎょくやらなんかそういう金子きんすになりそうなものを与えられるとばかり……。


 予想の斜め上をいく展開だ。と、いうか私なんかに将軍なんて務まるんだろうか。そこはかとなく疑問だ。そして、そもそもの話、女が将軍であるのを他のつわものは許すのか?


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る