三一話 皇宮の説明と天狐の思いは告白を聞き


 馬がいななきを零しながら淑妃しゅくひ黒亀宮こくきぐうがある通りから大きな水路に架かる橋を渡った先の大きな道にでて、ゆっくり方向転換。窓の外をちらり見ると向こうに皇宮こうぐうが見えた。


 思ったより低い建物だ。その向こうに見えるのっぺりした建造物はなんだろうか。


霊廟れいびょうぢゃよ」


「レイビョウ?」


「祖先の魂を祭った場所、でわかるか?」


「ふうん」


「その向こうに見えるのが皇宮の本宮ほんぐう。手前のは執務、まつりごとを行う為だけの場所が故に規模もそこまでではない。おそらくあそこの、応接間かなにかに通されるのぢゃろうて」


「へえ。詳しいな」


「たわけめ。長く生きておるのはこういうことにも長けることに同義ぢゃ。様々な知識や時事じじに通じ、ひとの世を面白おかしく引っ搔きまわしてもてあそんできたのがわらわなのぢゃ」


 そりゃまたろくでもねえな。だけど、私が拾ってからこっち、こいつがした悪さなんてむらのクソ共をおどかしたことくらいでおとなしいものだったのだが、ともすればひとをおちょくって楽しむ享楽きょうらく者、というのがこいつの本性ってか。だがなぜ化けの皮なんぞ。


 いいコのフリをしているユエがことさら不思議である私に月は悪戯っぽく笑って窓の紗幕カーテンをおろし、私の整えた頭を軽くぽんぽん叩いた。優しい、温度。これはまるで……。


「ぬしに救われたでの」


「そう」


「うむ。でなくば、当初ならば、全快した暁にはあの祈禱師きとうし共に復讐して世を混沌の大渦に落としてやろうと思うておったが、ぬしが拾ってくれた。ひとも捨てたものばかりではないなあ、と考え直したのぢゃ。わかるか? 妾はぬしが心から好ましいのぢゃよ」


「そりゃどうも」


 月のいつもらしからぬ優しく真剣な言葉に私はだが気のない返事をしておいた。月は人間じゃない。その言葉はいいも悪いもまっすぐだとわかっているが、尻込み、する。


 月はそこも熟知してか、笑って流し、もうひとつ頭を撫でてから自らの着衣にも一応目をやっていく。いつもだったら「暑い」だの言ってだらしなく乱しているところだ。


 が、一応人間の中では最も高貴こうきであり、高潔こうけつな存在だとされる皇族こうぞくに会いにいくのに乱れ行儀ぎょうぎは私の心証が悪くなる、とでも思ってかきちんと整えていく。いつもしろよ。


 私は緊張と恐怖から口数少ないまま到着を待っているとガタンと段差に乗りあげたようで馬車が揺れたので外を見ると後宮こうきゅうの門をくぐって皇宮への道を進んでいた。そこからさらに車に揺られることわずか。皇宮に到着したのか、馬が騒いで馬車が停められた。


 私は頬を軽く張ってない気合いを入れるだけは入れておき、御者ぎょしゃをしてくれていたおっちゃん宦官かんがんが用意してくれた段を使って車を降り、見上げた先。とても仕事をするだけでなさそうな立派なつくりのみやが出迎えてくれた。これに圧倒されないやつは、変だ。


 まあ、そんな例外は私のすぐ隣に降り立ってきたわけで。月はいつも通り傲岸不遜ごうがんふそんな態度で案内に来た官吏かんりから私を隠しつつ、目で要望を伝えている。さすがに格が違う。


 文官ぶんかんと思しき男は月の後ろに隠れている私の衣の色だけ見て納得の顔となり、すぐ案内に立ってくれた。皇宮の荘厳そうごんな門をくぐり、両開きの大きな扉をくぐって広間に抜けた私たちは奥に通じる扉を通り、奥も奥までやってきた。不安が胸を内から叩いてくる。


 階段をのぼり、上の階にでた。案内の彼は長い廊下を進んでいき、やがて一枚の扉に到着したと同時に、頭をさげて去っていった。……放置か。とは思ったが、軽く叩く。


「入るといい」


 部屋の中から優しい声がする。あの湖で聞いた皇帝こうてい――燕春エンシュン様の声が入るように言ったので月が扉を押して開ける。私は袖で顔が隠れるくらい深く礼を取ってから入った。


「よい。おもてをあげよ」


「どうぞ、かけてくださいな」


「はっ」


 短く返事をして私は礼をやめて部屋を進み、長椅子のそばで月が来るのを待った。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る