二九話 翌、謁見支度しながら思い出たどる


ジン朝餉あさげは?」


らねえし、それどころじゃない」


「あらあら。まじめさんねえ」


 いや、まじめだとかそうじゃない、の問題じゃなくないかな、これ。今日の行事ぎょうじ


 行事というか苦行くぎょうというか。朝餉を終えたら支度したくを手伝ってくれる、と言っていた桜綾ヨウリン様だが、私は丁重ていちょうに遠慮してユエに手伝ってもらっている。月は朝餉の乗せられたぎん食器を時折はしで叩いて遊びながら私の支度四苦八苦しくはっくを眺めて楽しんでいるっぽい。むかっ。


 はじめて着る礼装れいそう。肌着の上に衣を着つけた私はスカートを穿いて腰紐を縛って桜綾様が特別に仕立てさせた上等で豪華ごうか上衣じょういを羽織って黒に銀糸ぎんし刺繍ししゅうが施された帯を締める。


 桜綾様から借りた銅鏡どうきょうにうつる鬼面おにめん。留め紐に一瞬手が伸びかかったがすんでのところで思い留まって耳飾りと首飾りをちゃら、とつけて髪にくしを通していると、取られた。


 月だ。天狐てんこはそのまま丁寧に私の髪をくしけずっていってさらりと髪の毛を集めていき、面紐の上の部分を元結もとゆいで軽く縛り、下の髪の毛を編み込みながら持ちあげてくるりと上の髪を囲うようにして纏め、かんざしをサク、として髪を固定。留めてから綺麗に整えていく。


「静の髪はほんにさらさらつやつやぢゃな」


「そうか?」


「うむ。わらわですら嫉妬しっとするほどぞ」


「基準わかんねえー……」


 いや、マジで基準がおかしくないか? どうしててめえが基準の大前提になっているんだろうか。これが桜綾様だったり優杏ユアン様だったらわからなくもない。だって本物の貴人きじんたる女性にょしょうたちだ。彼女たちがうらやむ、そう言うならかろうじてわからなくもないんだが。


 なぜそうじゃない、ふたりを押しのけててめえが基準にあがってきやがっている?


 意味がわからん。それともなにか、このきつねの女としての矜持プライドは桜綾様たちに並ぶどころか追い抜く、とでも言いたいのか。ど、どんだけ自信過剰なんだろうか、こいつは。


 あまりの自信家ぶりに私は恐れを抱くぞ?


「ふむ。これでよかろう」


「どうも」


「やれやれ、無愛想を本日も大発揮ぢゃの」


「るせえ、ボケ」


「ほほほ、暴言へきも進化の一途ぢゃて」


 こいつはこっちの気を、正確に知った上で敢えてこうして茶化ちゃかしてきているのだ。


 肩に力が入りすぎだ、と。けど、そう言われたって緊張するもんは仕方ない。私なんかが後宮こうきゅうに入っているという時点でおかしなことだというのにこの上皇帝こうてい皇后こうごう両陛下に謁見えっけんするだなんて……。まったく人生はどう転がるかわかったもんじゃねえや。本当に。


 あのむらにいた時は少なくとも考えてもみなかった。謁見の場とはどういう場所だろうとか、臣下しんか一同に見られるとしたらそんなもん、謝意を伝える場、ではなく見世物みせものだ。


 はああ、深いため息が零れる。いきたくない。だけどこの場を欠席しては桜綾様たちの顔に泥を塗ることになる。それになにより彼女の役目は私の観察であった筈だしね。


 私という人物を間近で見て、どう感じたかだとかどのような人物かを伝える。観察者であり、伝言者でもあった彼女が私をどのように報告していたか不明すぎるというのも気が重い理由のひとつにはなっている。あとはそうだな。ここ最近、後宮内がにぎやか。


 昨日の桜綾様の言葉通りなら皇太子こうたいし殿下によめ入りするのに各領土りょうど、各地域がきさきたちを送り込んで、家を売り込んでいるんだろうし。その中からきさきを選ぶそうなので余計に。


 后と妃の違いがわからなかった私に月が簡単に教えてくれたことからして后とは次期皇后陛下で正室せいしつ正妻せいさい? まあ、なんにせよ最も寵愛ちょうあいされる女性だそうだ。引き替え妃とは側女そばめ側室そくしつだのと言われていて皇帝と皇后を補佐ほさする役割もになっているんだ、とか。


 まあ、端的たんてきにまとめて両手両足そんで股間に花束こさえるということだろうか、と言ったら桜綾様が腹抱えて笑い転げてしまった。侍女じじょたちは特等渋いものを喰らった顔。


 月には「身もふたもないこと言いおって」とお小言こごとを喰らったが、だってそうだろ?


 たしかに皇族こうぞくの血をやすわけにいかないので後宮なんてものをつくって女を囲むのはわからんでもない。妃という側室花を大量に花園はなぞのに植えるのは当然のことなのだし。


 けどそれって皇后候補に男児が生まれなかったら妃に降格こうかくされる可能性もある。ならばつまり、今四夫人しふじんでいる桜綾様も優杏様をもうける前、お嫁入りしたその日から女同士の醜悪しゅうあくおとしめあいに揉まれて今、こうなっているんだったらどういう根性をしている?


 四夫人の座もへたな戦よりもよっぽど激烈な争いで勝ち取ったようなものだ、とここ数日の間、食事に付き合わずとも茶には付き合う私に桜綾様が語ってくれた思い出話。


 それくらい陛下のちょうをえるのは難しかった。いや、当時の話で桜綾様がまだ十代の中くらいの歳のことであり、皇帝陛下ではなく皇太子殿下だった時の話になるんだっけ。


 そして、結局は男児を出産した唯一の妃、梓萌ズームォン様が立后りっこうして皇后陛下になったと。


 余所、隣国りんごく、なんだったっけ、センホウ? だのいう国は最初から后を決めて後宮入りさせ、無事に世継よつぎを産んでから子育てに多忙になる間、皇帝を慰める妃を迎える。


 だとかなんだとかだったし、キソウコウ? とかいう国にいたっては世継ぎさえ産んでくれればいい、ということで出産経験のある既婚きこん女性まで後宮入りさせることも稀じゃないというから恐ろしい。女をなんだと思っているんだ。世継ぎ製造装置じゃねえぞ。


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