二八話 居候なのになぜいろいろ下賜される?


 どう考えてもこの鬼の半面はんめんとちぐはぐになってしまうだろうに。それとも陛下たちはそんなこと気にしない? だといいけど。あの夫婦の前で「面を取れ」と言われても。


 困る。すごく困る。というか困ることしか待っていないように思う。どうしよう。


ジン、そんなに緊張しないで」


「いや、普通に無理だし」


「陛下方には私から話してありますし、あなたの無情にすぎる境遇きょうぐうをご存じです。多少の非礼はお許しくださいますわ。それとも、面を取るのがやはりそこほどいやですか」


「ああ、いやだね。死にたくなる」


「ですが、どなたか殿方とのがたに見られた、と」


「事故でね。それにもう会わないって」


「そのくらいの心でよいかと思いますよ。陛下たちはただ礼を述べたいだけですし」


 じゃあ、そもそも平民へいみん以下を呼びつけるなよ。それも皇族こうぞくらが住まう特別なみやに。


 そうは思ったが、これ以上駄々だだこねても桜綾ヨウリン様に迷惑がかかるので私は渋々だったが頷いてこの話題を終わらせにかかった。が、桜綾様はそこで手をぽふん、とあわせた。


 なにか、そうなにか思いついたかのようなというかそのものなんだと思うけど、いったいなにを思いつかれたのやら。で、いぶかる私を意にかいさず桜綾様は侍女じじょに頼んでいる。


「頼んでいたアレはできているかしら?」


「はい。ご注文通りに仕上がっております」


「そう。よかったわあ、間にあって」


 嬉しそうに花びらがぱあ、と開くように笑う桜綾様に侍女は眩しそうな顔をして「お持ちしますね」とだけ言って去っていった。なんなんだ? 私ひとり置いてけぼりだ。


 ユエはなぜかわかっているようなので本当に私ひとりだけ放置されてしまっている。


 桜綾様がにこにこしているのはまだしも月に含み笑いされているのはなんかむかつくのは私だけじゃないだろう。……って、誰に同意を求めているんだ私は。頭ヤバいぞ。


 そうこうしていると侍女が戻ってきてまず桜綾様に確認してもらい、私の方へ来て箱におさめられた桜綾様いわくの「アレ」というものを見せてもらった。……装飾品一式?


 白い本体を彩る黒薔薇くろそうびと蒼い小花を散らした落ち着いた雰囲気ふんいきながら豪奢ごうしゃかんざし黒珊瑚くろさんごの耳飾り。滄溟そうめいとしたぎょくを使った首飾りにはところどころきんも使ってある豪華ごうかさだ。


「こ」


「れ、ぜひ明日あす使ってちょうだいね」


 こんなものいただけねえし、使えねえよ。そう言いかけた私を素早く遮った桜綾様に私は観念というかもはや諦念ていねんを抱くというもの。ああ、天にるという神は私をいびるのがそんなに楽しいのかな? こんな豪華な装飾品、どころか着飾ったこともないのに。


 簪にいたっては使い方もわからねえありさまだというのに、本当、どうしようか。


 仕方ないし、月に言って手伝ってもらおう。普段からみやびな簪で髪を纏めている月だし使い方熟知している。少なくとも私よりかは。と、いうわけでの目配せに肩を竦めた。


 きつねの「しょうがないのう」に私は鼻を鳴らした。もうこうなったら出たとこ勝負。


 なるようにしかならない。そう、腹をくくっておいた。はあ、気が重たい限りだ。


「うふふ、楽しみね」


「私はまったくだ」


「そう? 静は綺麗だと思うわよ?」


 この時、私の脳裏によぎったのはあの夜の会合かいごうで吐かれた言葉。印象に残ってどうしようもない音だ。「俺はお前ほどに美しく綺麗で神々しい者を見たことがない」……今にして思い返しても頭の重要な部分、美醜びしゅうを判断する箇所がんでいるとしか思えない。


 そして、翌日のことだ。私は人生で最も後悔した。のこのこ挨拶にいったことを。


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