二七話 ここ最近、私は悪寒を覚えてばかりだ


「引っ越し先は玄武宮げんぶぐう、という最高地のみやよ。お引っ越しの理由は皇太子こうたいし殿下が新しくおきさきやおきさきめとられる為に現帝げんてい趣向しゅこうに沿っていた後宮こうきゅうを整理するのが理由かしらね」


「はあ。つまり皇太子の為に新調すると?」


「ええ、まあ。そういうことね。ふふ、ジンはどうしても殿下を好きになれないのね。仕方がない、では済まないでしょうけどでも元々は殿下のせいではないのはあなたこそ」


「それでも、アホくさい法案を考えたのは」


「ああ、ええ、それね。実はあの法案は殿下が原案をお考えになったわけではなくて臣下しんかのおひとり、古株ふるかぶ高官吏こうかんりがまだ歳若かった殿下に押しつけみたいにして通したの」


 なんだ、それ。じゃあ、私が今まで抱いてきた感情はその誰かに向ければいい? それとも押し切られた、結局声をあげた皇太子に恨みを抱けばいいのか? どうなんだ。


 桜綾ヨウリン様は薄く微笑む。この数日でわかっているが彼女がそういうふうに笑う時は困った時だ。困った時にこそ笑って乗り越えろ、と祖母に言われて、しつけられたのだとか。


 そのばばあ、もとい桜綾様の祖母というひとには正直会ってみたかったかもね。他界してさえいなければ。死んだ人間に接触するような真似はできない。絶対、絶対に無理だ。


 でも、な。正直な心境は複雑だ。皇太子は悪くなかったと突然言われたって心が追いつくわけない。けど、だからこそ桜綾様は微笑まれたんだろう。私の複雑さをおもんぱかって。


 優しいひと、だ。西領さいりょうと接していたとはいえ南領なんりょうに接していたみなとそばの出身なら五行ごぎょうでいうところの火性かしょうが強いと思ったんだけど、当人はたおやかであり、したたかでもある。


 天琳テンレイ国の中でも商人あきんどが集まり、物や者の行き来がさかんだと聞く西領の商人の血も濃いのかもしれない。冷徹れいてつ金性きんしょう的な計算を積み立てつつ、苛烈かれつな火性で立ち向かう、妃。


 冷静でもあらゆる情が深い彼女の不思議さは金性と火性が混ざりあってできたか。


 私がふむふむ、と考えていると桜綾様が今度はにっこり笑ってとんでもないことを言ってきた。もう半分どころかほぼ忘れ去っていたことを思いださせてきた、とも言う。


「陛下がそろそろ落ち着いただろうから、ってことで明日、皇宮こうぐうへと参ってね、静」


「ごふっ」


 噴きだしてしまった。柱にもたれているユエが呑気に「お約束ぢゃのう」とか言っているけどそれどころじゃねえだろ、バカ野郎! なんで、明日? もう少し早く言えよ!


 なんて、つきたい悪態もつけないでいる私は当初着ていた服をぎゅ、と無意識で握りしめたが、桜綾様がもんのすっごーくいい笑顔をしたので背を悪寒が一撫でしていく。


「大丈夫よ。きっと似合いますからね」


「……」


 いやな予感とは、予知してはいけない。そう私はこの日ほど深く胸に刻んだことはきっとあとに振り返ればこの時だけだっただろう。なぜ、ひとは先を予見できないのだ?


 そう私がしみじみ感じてしまったのは内緒でない内緒にしてしまいてえ。いっそ。


 だって桜綾様が侍女じじょのひとりに持ってこさせたかごにおさまっていた服は私の中のハオにあやかっているのか水を象徴する蒼と水性すいしょうが強いとされる北領ほくりょうにまつわる黒で構成されていた。綺麗だけど綺麗すぎねえ? 蒼のスカートと黒い帯と緻密ちみつ刺繍ししゅうが施された上衣じょうい


 これ、ちょっとどころかかなり着るの勇気がいるんだが。第一、こんな女性らしい貴族が着る服を私は見たこともない。こんな綺麗な衣装仕立ててもらってよかったのか?


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る