一八話 コラ、てめえはなにを要求している?


「さあ、着きましたわ。ジンユエ


「ふうん」


「なんぢゃ、気のない」


「気乗りの「き」の字もねえからな」


 私の態度に月はやれやれ、といったふう、頭を振ったが気持ちを切り替えたというかずぅっとうずうずしていた様子で桜綾ヨウリン様にアホな重要を言っているのが聞こえてきた。


 あの湖にでた巨大妖魚ようぎょ、月いわく「踊鯉ようり」というらしいアレはあやかしたちの間では珍味ちんみだそうだ。それもあそこまで大きく育った個体は珍しく、人間の滋養じようにも効くとか。


 だが、だからといってあの、えっとヨーリ? とかいうのを湖から切り身にしてもいいから持ち帰らせろ、と要求するのはどうかと思う。特に桜綾様たちは喰われかけたってことをうっかり忘れていやしないか? 色気もさることながら食欲も突出しているな。


 アレだけ食って太らないのは天狐てんこ特異性とくいせいのひとつか、おまけみたいなものなのかはわからないし、別に知りたくもない。とりあえず、桜綾様たちもついでに私もらん。


「はあ、陛下がどうおっしゃるかですが」


「ふふ、一口食えばどれほど滋養強壮きょうそうに効くかわかるというものぞ。夜食にも、な」


「まあっ」


 ……え? あの、もしもし桜綾様? なに月の与太話よたばなしでしかないもんに喰い気味なんでしょうか。んな話嘘に決まって、いると言えないのが怖いところ。あやかしは結構なんでもありだからな。特に苛烈かれつ性質せいしつかたよるきらいがある火性かしょう南領なんりょうの端にあるむらでは。


 なんと退治したあやかしを干物ひものにして酢昆布すこんぶ齧るように老いも幼いも噛み噛みしていたというすごく異質な光景があった。この干物の注意点はゆでてはいけないってだけ。


 ゆでると水ので生命力を持ち下からのぼってくる火の芽生めばえた生命力を強化されてしまう。よって、端的たんてきに言っちまえば短時間でも力半分もって復活してしまう、と。


 そんなゲテモノよく食うよ、と思って私がもらったものは月にやった。月は「人間の方がよほど恐ろしいことをする」と言っていたが、同意せざるをえなかったな、うん。


 と、いうわけで桜綾様? そのアホぎつねの口車に乗せられないでくれ、と言いたいが言いにくい。私の口調は乱暴で粗野そやな自覚があるのでみやから他の侍女じじょたちがでてきては。


 この宮の主である桜綾様に意見するのも、口を利くのも躊躇ためらわれる間に月がとんとん拍子で話を進めていき、踊鯉の肉で特別、男性によく効く部位と女性の魅力を高める部位などを吹き込んでいる。おぉい、これいよいよもってまずくないかって危惧きぐは私だけ?


 話を整理するに皇帝こうてい陛下はここ数日の猛暑以前にお歳の影響もあってか昔ほど夜伽よとぎに積極的でない、ねや目的での訪問が着実に減少傾向にある。……普通じゃないか、それ?


 そんな精力せいりょく無尽蔵むじんぞう絶倫ぜつりんじゃないんだから。でもまあ桜綾様に限らず皇后こうごう陛下もまだお若い、比較的若い方に見えたし、優杏ユアン様のお歳、いくつかは知らないが見た目からして十四、五ってところに見えるので桜綾がいくつで出産されたか知らねどお歳は多分。


 ……。って、女性の歳を真剣に計算しようとするな、私! でも多分だけど三〇を超えて少しってところだろう。だったらまだまだ精力も溢れているし、相手にされたい?


「ね、ねえ、あのね、静?」


「あ?」


「静は私よりお姉様、よね?」


「お姉様、とかやめれ。不気味さに怖気が背を走っていった。私は十八。それが?」


「私、今年で十四なの。そろそろ降嫁こうか先を陛下もお決めになると思うのだけど……」


「は、はあ?」


「静は殿方とのがたとのむつみ事に詳しい?」


「……見えるか、私が。そんなふうに? 目に異常があるとしか思えんぞ、それは。そういうことが知りたければ月に訊け。あいつならそういうの、房事ぼうじにも詳しいだろう」


 話が見えなかったが、どうやらこの公主ひめ様は私に男女の睦みについて教鞭きょうべんってほしい、だなどととんでもないことを考えていたようだ。お、おお恐ろしいな、おいっ!


 そりゃあ、十四といえば歳頃だし、体の方も母に似たのか育ちよさそうだし、興味があるのは理解してあげるが、それを私に訊くな。どう考えても、考えなくてもわかるだろうが? このこれで男が寄りつくとかありえない。無愛想で粗暴そぼうな喋りで、鬼の半面はんめん


 これで男がわらわら寄ってきたら怖い。それに私はそうしたことに興味ない。恋も愛も親しみすら知らず育った。だから、誰かに恋するとか、誰かを愛するとか意味不明。


 愛の果てに子をなす、というのもたいがい理解しがたい事象であると言える。私、私なら自分を痛めつけてまでして産んだ子を生贄いけにえにしたくないと思うが、違ったのかな?


 あの邑に無関心さから捨ててきた両親に愛も情もないのはたしかだ。両親とてそうだろう。あのあと、私のあと、凶作が去ったあと、新たに子をつくっていたようだった。


 そのコたちのことは可愛がって、目一杯愛情を注いでいるふうに見えた。だから結局私は要らなかった存在でしかなくて。その時感じた空虚と虚無と絶望は計り知れない。


 要らない。少々のかてと簡単に交換できる程度の軽い命だったのだ。そう突きつけられたようで。そして、そのコたち、私のきょうだいは私が姉であると知りもしないのだ。


 知らぬのは教えられていないから仕方ない。でも、実の弟妹たちに「式無しきなし」とそしられてさげすまれるのは正直どんなクソガキの言葉よりキた。小姐ねえさんじゃない。ただの穢れ。


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