一六話 なぜか泣かれてしまったんだが?


鬼妖きよう、に……救わ、れ?」


「いえ、それ以前に赤子あかご生贄いけにえにだなんてなんとおぞましい者が住まうむらでしょう」


ジン? あなたのご両親は庇って、くださらなかったということなの? なぜ……」


「庇えば飢え死にして。使ってくれ、と手放せば実りがもらえる。どちらを取る?」


 至極しごく簡単に説明しただけだ。なのに、侍女じじょたちまで、車内がユエを除いて震えあがった瞬間だったが、相変わらず私には理解できなかった。なぜ、関係ねえてめえらが……?


 桜綾ヨウリン様の瞳からとうとう涙が零れ落ちていった。美女の涙とは破壊力があるなあ。


 私には逆立ちしても、死んでもできっこねえや。赤の他人の為に涙するなんて、自分自身の為にだってできやしねえのに。このひとは桜綾様は甘っちょろいのか偽善者ぎぜんしゃか。


 どっちでもいいか。どちらにせよ、私には関係のないこと。これから先でだって。


 両親がわずかながらも実りをえる方を選んだことを非難する資格もない。私は、結局私は生き永らえた。そして、今、自由だ。だったらそれを謳歌おうかしてやろうじゃねえの。


 もう誰も私をしばることはできない。縛れたとしてもそれは私が認めて、心許したひとだけ。だから、そんな存在は現れないから。絶対にいやしなくって阿呆あほう夢想むそうだから。


 ……私は、そんなひとに現れてほしいのか。それともただたんに意味のわからない望みでも抱いているのだろうか。誰か、私を認めて。ここにることを許して。……と?


 ありえない。ふざけている。こんな醜い鬼を誰が認めてくれるものか。許してくれるものか。どんなに望んだって叶えられることなき願いと羨望せんぼうなどと愚かしき道化どうけの夢。


 私は水をつかさどる鬼の娘。道化じゃない。夢など見ない。期待などしない。この世に生まれたその瞬間から、私はなにひとつ叶えられず、願ってはならない存在だったからだ。


「ユ、エは静の事情を知、って?」


「そうぢゃがのう、こやつはほんに頑固よ」


 頑固。私をそう評する月の心は計り知れないものの言葉の意図は伝わってくる。頑固者が意地を張ってしきになってもよいと言う者をねつける。そういう意味が含まれる。


 たしかに意地張ってはいるが、それもこれも月の為だ、と思うんだが。私と一緒にいてもえられるものも、なにもない。それに鬼憑おにつき娘に九尾きゅうびきつねなどと脅威の極みでは?


 私になんか関わるものじゃない。ひとも、あやかしも関与かんよしたっていいことない。


 それが私にせられた重い命の枷。ハオがくれた命は重い。ひたすら重い。でも、弱音なんて吐けない。私に許されたことじゃない。私もまわりも許さないから許可しえぬ。


 その後、桜綾様が私に話しかけてくることはなかったし、侍女たちもとがめの眼差まなざしを向けることなかった。私のこれしき不幸に同情されたのか? それはそれで屈辱だな。


 月に質問した、私の事情を知っているか訊いていた優杏ユアン様もそれ以降は口が貝にでもなったのか黙りこくった。変なの。口減くちべらしなんてザラだ。私のそれはにえというだけ。


 たった、それだけ。たかが程度の違いでしかないのに、なにを神妙しんみょうになっている。


 不可解すぎるな。そうして重いのか軽いのかわからない話題が尽きて車中に沈黙がひたすら降り積もる間に花街はなまち豪勢ごうせいな通りを抜けて奥まった場所に来た。先を見てみる。


 なるほど。これが、アレが後宮こうきゅう。美しき女たちの住まう花園はなぞの。花街とは違ったおもむきなのは皇帝こうていの為に用意された女人にょにん花畑はなばたが故だろうか。きらびやかでおごそかで美しい建造物類けんぞうぶつるい


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