一五話 それぞれの出身と昔の話を少し


ジンはどこから来たのかしら?」


「訊きたきゃあてめえから言うのがすじだろ」


「まあ。ふふ、そうね。私は西領さいりょう南領なんりょうのちょうど間、貿易船ぼうえきせんが多く停泊ていはくする町の豪商ごうしょう生まれよ。だからかしら、静の話し方を聞いていると懐かしくってとっても楽しいわ」


「? どういう」


「船乗りの方たちって根はいいひとなんだけど言葉が海の荒波のようなの。お母様は下品だって言っていらしたけどお婆様は笑って聞き流していたわねえ、そういえば……」


 そういえば、と言葉を切って桜綾ヨウリン様は窓の向こうに視線を送る。その動作ひとつとっても洗練せんれんされていてとてもそんな荒くれた野郎たちと話していたお嬢様に見えないが。


 でも、眼差まなざしは優しく懐かしさに染まっている。後宮こうきゅうに入る、すなわち皇帝こうてい陛下にとつぐにあたり、言葉遣いのしつけを受けた、とかだろうか。ちょっと聞いてみたいかも。この美貌びぼうのおきさき様が下町したまちの住人のようにはすな言葉をる。なんて、想像もつかないけど。


「私は北の奥地の辺鄙へんぴなところ。皇都こうとへ支援を申請しても通って届くまで三月みつきかかるくらいには田舎いなかだったんじゃね? その分、私が生まれるまでは信仰心深かったと思う」


「え?」


「私が生まれた年は大凶作だった。だから飢えを満たす為、山の実りをいただく代わりに生贄いけにえにだされたのが私だから。そこで、古いあやかしのハオ魅入みいられて助けられた」


「ハ、オ? その方がどうやって」


「簡単。私と一体になって飢えと渇きから逃がしてくれた。でも同時に宿った水をあやつる力をむらのクソ共に利用されて、ずっと惨めだった。中に浩がいるからしきも寄りつかない式無しきなしでもある。笑えるだろ? てめえらじゃなにもできねえクセ、頼りの鬼をののしるんだ」


 ……。しん、と車内に沈黙が落ちた。ちと、喋りすぎた? いや、ちょうどいい。


 これで桜綾様も優杏ユアン様も私と親しくしようとは思わなくなるし、皇帝陛下や皇后こうごう陛下に奏上そうじょうして私を即座に後宮から追い払ってほしい、と懇願こんがんしてくれるかもしれないし。


 もうけものだ、そうなりさえすれば。私なんて女のそのにそぐわないにもほどがある。


 悪影響を訴えてくれ。皇帝に皇后に。それとついでにクソな法案を通した皇太子こうたいしにも告げてくれ。てめえらのお陰で私は生まれながらに惨めな命を押しつけられたんだと。


 ユエは、一番に口をだしてくるかと思ったが、私の意図かんがえを汲んで押し黙ってくれた。


 これでいい。これがいい。後宮からだしてもらえたらまた、いくあてもなく旅をするだけでこれまで通り。そして、いつかどこぞで野垂れ死ぬ。……私は。月はまだ当分生き続ける筈。なにせご自慢なさるほど著名ちょめい高位こういなあやかし、九尾きゅうびきつねでいらっしゃる。


 私の、寿命は人間のそれだと信じたい。例え、日々健康さを積んでいても、それはまだ私が十代の、十八の娘だからだ。二十歳はたちをすぎれば、後半になれば、三十路になれば……。そう考えるたび、恐ろしい考えも浮かぶ。浩の妖力は私を生かし、飢え渇き知らず。


 そんな化け物みたいな私が、老衰ろうすいで死ぬことはありえるだろうか? ゾッとする。


 もしかしたら、稀代きだい大鬼妖だいきようであった浩の妖力は月に着服されても底なしなのではないか、とか。老いもせず、ある程度で歳を重ねぬ姿でさらに迫害されるかもしれない。


 ……ん。迫害は慣れている。だから問題はそこじゃないんだ。私は、きちんと死なせてもらえるんだろうか? あの時、浩は「生きたいか?」とたずねた。生かし続け、る?


「静? 大丈夫? 震えているわ。ごめんなさいっそんな、あの……そんな恐ろしいみちを歩んでいる方がいるのに、私はなんて悠長で呑気な。さぞつらかったことでしょうに」


「ああ、そういうのらない」


「静……、無理しないでいいのよ」


「してねえよ。ただ、未来が不安なだけ」


 そう、ふと、不安になっただけ。浩。あなたは私を救ってくれたが同時に呪ったに同じだと知っているよな? だったら、死にたいと思ったら私を死なせるのはあなたの義務だ。あなたに拾われた命なんだから。あなたの手で消すべきだ。そう。そうだろうが?


 私が同情要らんと言っても桜綾様は驚きで見開いた目に涙を溜めている。隣では優杏様も震えながら母の手を握っているようだ。はて、私はそんなおぞましい話をしたか?


 そこまでの話じゃない、と思う。私は同意を求めて月を見たが九尾の狐は呆れ返った表情で私を見つめ返してきた。なんだよ、と思って主人に対する不敬ふけいに耐えていた侍女じじょたちを見た。ら、恐怖に震え、憐れみと悲しみが混ざった目で私を見た。だから、なに?


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