一三話 なぜ車中で妃、公主と差し向かい茶?


「色が気になる?」


「っ、し、失礼しま」


「あら、いいのよ。ありのままで。その方が息が詰まらなくていいでしょうしね?」


「……てめえがよくっても」


「あらあら、格好かっこういいのねえ」


 どうしたこと、このおきさき様。普通に考えて高貴こうき御人おひとを「てめえ」呼ばわりは禁忌きんきだろうが。格好よくないし、なくていいとも思う。証拠に侍女じじょふたりが眉を吊っている。


 でも、彼女はそこに気づかない、というよりは究極気にしていない様子で娘に続いてユエの手に宿された火性かしょうによって髪を乾かしてもらっている。私もたまに体を洗った時は世話になったけど、月は水浴びをしてもめんを外さない私に苦笑していたっけ。まあ、ね。


 顔を見るのも見られるのもいやで外さない面はいつしか私の一部となっているし。


 このに及んで外すなんて落ち着かない。


 そうして、自分で自分をいましめているんだろうか、私は鬼を宿した忌子いみごだから、と。醜い顔をさらさないよう努めています。そうやって守っているつもりか、私が私自身を。


 傷つくのは怖い。傷つけるのも怖い。いつもは凪いでいる心が今は飛沫しぶきを散らすほどに荒れ狂っている。我ながら呆れる。こんななら見捨てていればよかったができない。


 それこそ、冒涜ぼうとくだろ。私を生かしたハオは私がいわゆる人道を踏み外すことを望んではいなかったであろうから。私に「生きたいか?」とたずねてくれたのは彼の慈愛が故に。


「申し遅れました。私、黒亀宮こくきぐうに住まわせていただいております、桜綾ヨウリンといいます」


ジン。そこのは月」


「ん、終わったぞ。で、なんぢゃ?」


「なんもねえよ」


「ほんに機嫌が悪いのう、静。ああ、いやいや愛想笑いなぞはじめるでないぞ? 不気味すぎるえ。感情の有無すら怪しいぬしがにこにこしだしたら亀の甲羅を焼かねばな」


「うるせえ、ボケ」


 女性、桜綾様の自己紹介にある通りならやはりみやごとに貴色きしょくたっとぶ色を持っているということ。道理どうりで。服も薄墨うすずみ色寄りではあるが、黒で親子どころか侍女も揃えている。


 私がもう一度車中をぐるり観察していると視線を感じた。……見やる先に、少女。


「は、じめまして。優杏ユアン、です」


「静と月。ご丁寧にどうも」


「あ、あのう。泣いちゃ、助けてくれて」


欲張よくばんなよ。一個ずつ言えばいいだろ」


「! ありが、とうございます」


 はて? 礼を言われるようなことを言ったか? 少なくとも侍女たちは渋い顔をしているぞ。少女は大きく深呼吸し、こちらも母に似て綺麗な顔で花のつぼみが綻ぶようむ。


 で、同時に侍女のひとりが用意した茶を配った。親子に配られて私、月の順番だったのは月が私の使役しえきするしきだ、と思っての順番だったのかもしれないががっつり違うぞ?


 青緑あおみどり色の冷茶れいちゃを親子は一口飲んで続いてだされた水菓子みずがしを仲良くわけっこしているが私は月を見て、相手が肩を竦めてみせたので私たちの側に給仕きゅうじされた水菓子を向こうに押しやった。この行動に桜綾様も優杏様も不思議そうな顔をしている。呆け顔まで綺麗。


 私にはとことんえんのないひと、人種たちだなと思ったが説明するのが面倒臭いので私はようやく走りだした馬車の車窓しゃそうから外の景色を眺める。男衆――おそらく護衛についてきたつわもの衛仕えじかひょんなことで禁軍きんぐんしょうも混ざっているかもしれない者らの背を見る。


「お食べにならないの? 毒なんて」


「……。先、串焼き肉食べて満腹なだけ」


「静は串半分で、の?」


「黙れ、月。にまにますんな。気持ち悪い」


「誰がにまにましておるんぢゃ、失敬なっ! それに気持ち悪いとはどういう了見りょうけん


「うるせえ、アホ。どうもこうもそういう了見だっつの。気持ち悪いから。終わり」


 終わり、と言って強制的に終了させておいたが月の顔を見るに、額に青筋が浮かんでいるのを見るにご立腹のご様子。別に気にならない。それで月が私の秘密を暴露ばくろしようとどうしようとこの先、この淑妃しゅくひ様のもとでしばらく逗留とうりゅうさせられる現実は変わりないし。


 が、珍しいことに月は鼻を鳴らすだけで終わらせて水菓子を娘の優杏様の方に押してやった。優杏様は驚いていたが、やはりちょっとだけおっかなびっくりと訊ねてきた。


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