一一話 なんなんだこの急で変な展開は!?


「……。旅を、しておるのか?」


「は?」


「いや、この辺りに住まうにはずいぶんと変わった衣をまとっておる。農作業に向くでもなく、かといって貴族のように華美かびでもない。旅人たびびとと考えるのが一般的であろう?」


「旅は、しているけど」


 ざわ。周囲がにわかに騒がしくなる。ん、皇帝こうてい陛下をそうと認識してこんな口調はたしかにとがめられるにあたいするだろうが、私としてはこれ以上一切関わる気がないからな。


 ぶっちゃけあの親子を助けた恩を着せて、口の利き方云々の無礼は見逃せと主張しておこうかと。そこで皇帝の目が私のめんに向いたような気がしたが、すぐなにか思いつきでもしたのかにこり、と微笑まれたせいで私はさらなる悪寒に襲われる。鳥肌が立つが?


「このような場では満足に謝意しゃいも伝ええぬ」


「いや、そんなことは」


「後日、皇宮こうぐうへ招くとしよう。それまでは淑妃しゅくひもとに身を寄せよ。これは勅命ちょくめいじゃ」


 ぉうふ。まさにまさしく危惧したままの勅命がくだってしまったが、どうしよう。


 が、ユエを見ても感心顔でにやにやしているので私はあのきつねを洗ってやりたいです。それこそ水をかけるだけでは足りないので洗濯板せんたくいたでゴゴゴ、と全身漏れなくこすりたい。


 あの美貌びぼうあざまみれにしてやれたらさぞかしすっきりできるだろうな。到底無理だってわかってはいるけど。相手は九尾きゅうびの狐。こちらこそまさに正真正銘の大妖たいようなのだし。


 そして、私も。ハオという稀代きだい大鬼妖だいきようが入っているのでそれにじゅんずる扱いになる。とはこの一年、旅をする間に月から聞かされていた。だからこそ、理解できない、とも。


 日々のかてをえるのなら私の異能いのうを使えば余裕で手に入るだろうにわざわざひとをかいしてひとにほどこしをくれてやるという一手間ひとてまを踏まえて糧をえる。その意味がわからない。


 そんなようなことを言っていた。そりゃあ、あやかしである月にはわからないさ。


 いつだって悪鬼あっきとしか、水を引いてくる鬼娘としてしか見られてこなかった私は少しでいいから頼られたかったし、いてくれてもいいと言ってほしかった。でも、結局のところ「ありがとう」を言ってくれてもまるで当然のことのようにさらりと言われて……。


 傷つかなかったと言えばそれは嘘だ。自己満足でやっていると誤魔化ごまかすのも苦しくてでも繫がっていたくて。ひとと、人間と一緒にいて、いてもいいと言ってほしかった。


 私だって心のある人間だ。ただ、都合と偶然と奇跡が私に幸運と不幸をもたらせたというだけで。私も、人間として誰かに認めてもらいたかった。頼ってほしかったのだ。


 心から願った。いまさらただの人間になれるとは思わないが、それでもひとでりたかった。それとも、それは悪、なのだろうか。願ってはいけない禁忌きんきの望みなのかな?


 だからこれは罰、なんだろうか。淑妃の下にて寝泊まりしろ、ってことは私に後宮こうきゅうに入れってことで。美しくない私が、鬼妖のちょうを受ける私に美しき女のそのに入れと言う。


 それはなんて、皮肉な罰。醜い、汚らわしい、そうさげすまれてきた私に美しさなど相応しくない。うるわしききさきたちがつどい、偉大なりし天子てんしたちからの寵を争うそこに入れなど。


 私はひとを害したわけではない。助けた筈だ。なのに、なぜこんな罰を受けねばならないのだろう。わからない、わからない、わからない。助けて、助けて、助けてくれ。


 ……誰に願っているんだろう? 浩は助けてくれないし、月だって同じく、だろ?


 高位こういのあやかしである彼と彼女には私の、ちっぽけで弱い人間の心をはかれない。


「よいか?」


「……」


 皇帝陛下の声はてんの声。私如き平民へいみん以下が逆らえる筈がないのになぜ訊くんだよ。嫌みかよ。私の無力さをなお突きつけて楽しいのだろうか。……たいがいひねくれている。


 きっとこの御仁ごじんにそういうつもりはない。ただたんに私の意思を確認してくれていてそれはおそらく私が長年願ってきた「優しさ」なのだろうが、私は黙って頷くだけだ。


 皇帝陛下はしばらく私の無言と俯いたままの頷きを見守っていたようだが私が助けたくだんの女性とその娘、他に連れてきた後宮のおそらく彼の側女そばめたちを集めて帰り支度じたくをはじめさせた。その中には私を恐ろしげにちらちら見る者もいる。月がそばに寄ってきた。


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