一〇話 ゲテモノへの食い気なんぞ発揮すな!


「んなもの食うなよっ」


阿呆あほうめ。こいといえば高級魚。それもこんな大物おおもので身も締まっておるし、焼いても煮ても刺身さしみもいけるかもしれんぞ、ジン。さあ、さばけ。わらわ、急に腹が減ってしもうて動けん」


「アホはてめえだ。ずらかるんだよっ!」


「その方ら」


 ギクッ! うわあ、いやな予感がする。すっごくいやな予感通り越して悪寒、が。


 見ると最初話しかけてきていた男女がけわしい表情で歩み寄ってくるところだった。なんだなんだ、別にそっちにがいになることはしていない筈だ。それとも、せきがあるのか?


 こんな、しきかいさず妖術ようじゅつを使った女だ。とがめられて、最悪も最悪な場合、皇族こうぞくさばかれるようはからえそうなくらい身分も高そうなふたり。これ、緊急事態にはならないの?


 緊急事態だったんだから見逃してくれればいいのに、と世の中をはかなむフリでもしようかと思ったが男性の方が深く腰を折って、そう、私にとって生まれてはじめて感謝を示してきて驚いた。なに、なになんだっ? なのに、私が困惑しているのに、この夫婦は。


淑妃しゅくひ桜綾ヨウリンと、その公主ひめたる優杏ユアンを救ってくれたこと、感謝してもし切れぬ。このような大妖たいようが住み着いているとは思いも……。もしや近頃引水がならない、とはこれが?」


「……あー。かもね。巨体で水路すいろを塞いで水を求めて来たのをばっくりすればいい」


 私が結構ありえる見解けんかいを示すと男性はさらに顔色を悪くしたし、奥方は青ざめた顔でユエがつついているでか鯉の死骸しがいを見つめている。つか、月。摘まみ食いをやめやがれ。


 ……てゆうかちょっと待って。なんか聞き捨てならないことを言わなかったかな?


 あの親子のことだと思うがシュクヒとヒメ、だと言った、な。名前はそれぞれ「ヨウリン」と「ユアン」公主。えっと、じゃあ、もしかしてこのふたりってまさかだが。


 いや、言わないでほしい。それとこれ以上お礼もらない。だってここで私が仕留めた巨大鯉を嬉しそうに生でっつーか、刺身にもせずに摘まみまくっているのがいるし。


 礼なんてどうでもいいからどうかお願いこのままなにもなかったことにしてくれ。


ちんは、燕春エンシュン。ここ、天琳テンレイの第三四代皇帝こうてい


「わたくしは皇后こうごうに封じられました梓萌ズームォン


 一気に私は人生初の貧血ひんけつに見舞われた。皇帝と皇后だと? え、どうして皇族がこんな場所に水遊びに来ていると言うの? でも、私の疑問には「ズームォン」と名乗った皇后陛下が答えてくれた。円扇えんせんに隠されたおそらく美貌びぼうを恥ずかしそうに苦笑させつつ。


「ここ数日、猛暑もうしょが続いてわたくしも含めきさきたちがゆだっておりました。そこで陛下にお願いして避暑ひしょをさせていただくのにこちらへ。ここは公共の場ですが滅多ひとは参りませんのでよかれ、と思ったのですが、よもやこのような大妖がいるだなんて……――」


 ……ああ、えーっと。いろいろ突っ込みたいことがあるのはそうだが、呑み込んでおくことにしよう。だって、そこは突っ込んだら面倒臭いことであるに違いない。のに!


「こんな魚が大妖? 笑えぬ冗句じょうくぢゃ」


 月ェエエエエ!? てめえはなんでそう私の墓穴ぼけつを掘りまくるんだ、このクソぎつね


 掘るならてめえの墓穴を掘れ。そのまま自己埋葬じこまいそうまで済ませてくれればなおよし!


 だ、なんて現実逃避はよしておこうか。月の言葉に皇帝皇后が反応してしまった。そりゃそうだろうよ。世間せけん一般にも大妖扱いされてしかるべきな化け物を小物こもの扱いってさ。


 そりゃいぶかしまれて当然。普通の反応。おかしいのは月だけ、だと言いたいが私もこれが大妖だったらハオや月はどうなる? と思ってしまっているので迂闊うかつなこと言えない。


「そういえばその方、先ほどのはなんぞ?」


「ぅ」


 私的に突っ込まれたくないことぶっちぎり第一位を皇帝陛下は見事に訊いてきた。


 私は半面はんめんに隠れているとわかっていても目をうろんと彷徨さまよわせてしまう。私の口は曖昧あいまいな音をだす。「あー」とか「うー、えー……?」とか。だってそうしないとこれは。


 ただでさえ月のせいで墓穴に半分ぶっ込まれ気味だというのにマジで埋葬される。


 皇族への不敬ふけい罪、とかそういうやつで。


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