八話 適材適所の小遣いで買い食い。避暑へ


 ……ん、私には関係ない話だ。誰が飢えようがどうしようが関係ない。もう、利用されるのはゴメンだ。ユエも田の引水状況が気にかかるのか、じっと見ているようだったが私が歩きだすとついてきた。私は到着した集落しゅうらくにある旅籠屋はたごやで簡単なお手伝いをこなす。


 その駄賃だちんを今夜の月の飯のしろてる。本来なら月が自分で仕事をするべきであり、体が復調ふくちょうしたならなおのことそうすべきだと思うが、月の容姿ようしは目立つ。悪い意味で。


 ここは大きな領土りょうどであると同時に大きな町も整備されていることから一等地扱いがされていて、いろんなものが揃っている。娯楽ごらく施設。妓女ぎじょたちが男を誘惑する花街はなまち。そしてなにより、その町の最奥さいおう部が皇都こうととされて美しき女のその、と名高い後宮こうきゅう皇宮こうぐうがある。


 皇宮に住まうはこの天琳テンレイはじまって以来の名君めいくんと名高いエンシュン皇帝こうてい陛下、そしてひとり息子で、私の惨めを増長させた皇太子こうたいし殿下だ。あとのおきさき様たちは後宮に住まい、日々美を研き、芸を研き、陛下や殿下の寵愛ちょうあいをえようと奮闘ふんとうしているだのどうこうだ。


 当然、私の興味はぜろ以下、だ。月は仕事をこなす私のそばでまし顔をしている。


 月がこうしてくれているだけで私の鬼の半面はんめんへの興味は薄れ、月の美貌びぼうかれてくれるという寸法すんぽうだ。月はノリノリでこの策に乗ってくれているし、適材適所てきざいてきしょだと思う。


 月はさすがに長く生きているだけあり、男のあしらいがうまい。どう言えば男が言うことを聞くか、頷くかよくわかっておいでだ。この美しい女が天狐てんこだと誰が思うだろう?


 尾の数も九本だなんて思いもしない。くだらないことを考えながら私は黙々と仕事をこなし、お駄賃をもらって月を呼び、屋台で串焼き肉を三本買った。二本は月のもの。


 鬱陶うっとうしい男たちをガキも含めて私に寄らないように気遣ってくれたので礼をねて余計に渡しておいた。月は早速かぶりついている。肉汁にくじゅうが彼女の美貌に野性味を加える。


 私も久しぶりの肉を噛みながらずいぶん遠くに来たもんだなあ、と感慨かんがいふけった。


 月はすでに二本目に噛みついている。私はまだ半分も食べていないのに元気だよなこのきつね様。私はらなくなった串焼き肉を月に寄越してやり、歩きだす。月は苦笑した。


 私が腹減らねば、渇きも覚えない体質になったというのは彼女に話したハオの話題で知っているから私の残飯もぺろり、とたいらげて満足そうに腹をさすっておいでだったので私は高台を目指してみた。山道に入って、踏みならされていたが山の道をのぼっていった。


「どうかしたか?」


「……なんとなく山があると参拝したくて」


「……。そうか」


 少し、沈黙。でも月は深く訊こうとはせず「そうか」とだけ言ってついてきた。夏の熱気がまとわりつくように肌を撫でてくる。半刻はんこくほど歩いて祠を見つけたのでもうでた。


 手をあわせて静かに祈る間、月は鼻をすんすんさせていたが、近くに水辺を見つけたようで私の御祈りが終わったのを待って手を引いてきた。嬉しそうだ。獣だから暑いのはやはり苦手なんだろうか? そうこうと思っていると大きな湖が見えた。……すごい。


 雄大にして偉大。そして、なおさら疑問がつのった。なぜこれだけの水源すいげんが近くにあって田に水がき届いていないのだろうか。水源の制限でもかかっている? それとも。


ジン、ぬしもつかれ」


「いい」


「つれんやつぢゃのう」


「いつものこったろ」


 見ると月がすでに裸になって、もとい狐の姿に戻って水遊びに飛び込んでいた。私は湖のほとりに腰をおろして腰にげていた水筒から水を飲む。一応、休憩のフリだけ。


 誰かが来ても月はすぐ化けるし、そうなればこの真夏に陽がガンガン当たる場所でただ座っていては奇妙だと思われてしまう。そして、月が満足するまで遊ばせているとなにやらものものしい集団がやってきた。豪奢ごうしゃな車が五台ばかりこの広場にのぼってきた。


 なんだ。お貴族様が避暑ひしょでもしに来たのだろうか? 私は月の髪を拭くのを手伝ってやりながら「もう帰ります」と、雰囲気ふんいきに滲ませる。滲ませていた筈だったのに……。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る