壱の幕 旅路の果てにさらなる出会い

悠々とそれなりに充実した、旅路

七話 瑞獣との旅路。意外なくらい面白し


 それからの日々はまま充実していて楽しい、とすら思えた。ユエ我儘わがままがたまに、しょっちゅういらり爆発させそうになったが、我慢した。あのむらをでられた元凶げんきょうならぬ瑞兆ずいちょうとなってくれた月に多少なり感謝はしていたから。気の向くままに国の各地域を旅した。


 ぎょくの生産がさかんな地ではあらい水が追いつかない、と言われたので水を(こっそり)妖気で綺麗にして提供した代わりに数日の寝床と粥とたまにさいまでませてもらったな。


 花を多く栽培している地では栄養不足に悩んでいたようだったので妖力水ようりきすいで花たちに元気になってもらい、私はお駄賃だちんをもらった。一月ひとつきは食えそうなぎんは衣とくつに消えた。


 衣は私が地道にチクチクったぎはぎだったし、裸足はだしでの旅はいよいよ危ういと思ったからだ。山野を越えるのくらいは別に足の裏がけようとハオの妖気ですぐに治る。


 でも、これから向かうのは直轄領ちょっかつりょう、と呼ばれる皇族こうぞくが住まいを持つ国の中心地だ。


 ある程度小綺麗こぎれいにしておかないとあることないことで捕まっても困る。それと、きちんとした衣を求めた理由はもうひとつある。私は変わらずつけている鬼の半面はんめん越しにそいつを見た。初対面時、白面金毛九尾はくめんきんもうきゅうびきつねだのと言っていた月の姿があったわけだけど。


「見よ、ジン!」


「はいはい」


「こりゃ、流すな! 静が中に囲っておる鬼妖きようの妖気が強力であったおまけでわらわもすっかり全快ぢゃ。少なくとも一〇〇年単位で地味~に回復していこうと思うておったが」


「あっそ」


「聞けいっ妾がしきになってやろうか?」


らねえよ。いまさらすぎるし、第一てめえを飼って私になんの得があるって?」


 あの当時は汚い子狐だったのに、今じゃ見違えるくらい綺麗な名の通り白いつらに金の毛皮を纏った九尾の狐が私の隣にいる。正確にはいた、かな。今は集落しゅうらくが見えたので。


 月は背の高い美しい女人にょにんに化けていた。白雪しらゆきの肌。黄金おうごんの長い髪。黒く鋭い、まるで割れた黒曜石こくようせきの瞳。赤いあやしの唇。長い睫毛まつげが頬に影を落とす様も美しい限りだった。


 私は、相変わらず自分のつらに身なりに無頓着むとんちゃくで特に面なんて見たいとも思わない。


 少なくとも月のような美女じゃない。女性らしい曲線にもく体だし。どちらかというと締まって一般的な女性より筋肉が多い。……これも浩が入っている影響だろうか?


 まあ、不自由はないのでいい。ってか、鬼の半面もあわさって近寄りがたい雰囲気ふんいきになっているようだった。むしろ僥倖ぎょうこうだと言える。誰の目にも留まらない。それでいい。


 私なんて目に入れるような存在じゃない。と、思う。鬼に魅入みいられ、中に宿すだけでも汚らわしいと言われてきた。私が触れたら穢れるとされ、引水はさせられたが収穫作業や土寄せなんかは関わってこなかった。……あの腐れ邑をでて早一年。季節は夏盛なつざかり。


 この年はどうやら農耕のうこうの神がこの国にさちを授けたようで旅路の途中に見た稲穂いなほたちは順調にはぐくまれているようだった。ひとつ気がかりがあるとすれば、水の量、だろうか。


 私はずっとあの邑で水を仕切っていた。あそこは川や湖から遠く水源が少なかったのもあり、私の異能いのう魅惑みわくの極みだった。ま、今となっちゃどうなっているか知らんが。


 私は空気中の水分を浩の妖気で増やして水を足して田畑に引いていた。でも、通常はこの辺がそうしているように貯水池ちょすいちや河川、山の湧き水や湖の水を引いているのだろうし、この周辺は水のがそこそこ豊富だ。だのに、田の水が、なぜ干上ひあがりかけている?


 私は農匠のうしょうでなくば、田畑の世話も水だけだったのでわからないが、あのままではこの地域に限り、今年の米は期待できないありさまになる。少なくともの量に達しない。


 そうすれば農民は飢える。飢えは不満に繫がり、一揆いっきいくさに発展することもある。


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