四話 なんか、変なもん拾っちまった


 ぐったりした体に触れ抱えても動かない。でも、温かい。命の温度。だから捨て置けなかった。それを放置したら私は大嫌いなむらの人間の同類になる。なってしまうから。


 それだけはまっぴらゴメンだ! そんな気持ちがあった。凪いだ水面みなものような心なのに時折激しく荒ぶる。それはきっと、ハオが持つ水性すいしょうのせい。水のというのはそういうものらしい。平素は凪いで平坦なクセ、時として激情に駆られて荒ぶる。まさに、だな。


 内心苦笑し、私はきつねを抱えてあばら家に帰って早速湯を沸かした。泥だらけの狐をそのままいかにあばら家でも家にあげるのは躊躇ためらわれて。で、危うく火傷するところだ。


 土間どまに置いた狐が台所にいる私のふくらはぎを前肢ぜんしでちょんちょん、ついてきた。


 だけでなくというか、こちらの方がより大きく驚きだったんだが、狐が狐のクセにただの狐らしからぬよう口の端を持ちあげてにんまり、と音がつきそうに笑ったことが。


 びっくりだった。驚いたし、なにかに対して恐れを抱いたのはそれがはじめてで。


「物好きよなあ」


「!」


「ぢゃが、式無しきなしか。この御時世ごじせいにのう?」


「……」


 ぽつ、ぽつ。雨が降る音。雨音あまおとが私の無言をいろどってこの怪しすぎる、もといあやしの狐の鈴転がすような声をより妖しく強調するようだった。私は心中大混乱。なぜ、狐が。


 しばし、無言が続いた。双方共に。狐の方はおそらくだが私がなにも言わないことをいぶかっているようだ。だが、私が話すことはない。なにもない。一切ないので狐に先日捕って干物ひものにしておいた魚を投げてくれてやり、す、と外を指した。私の態度に狐は……。


「雨天に女を放りだそうとはめんの通り鬼か」


「知るかよ。誰だ、てめえ」


「ほほう。わらわと対等に話す人間なんぞ初ぢゃな。面白娘よ、特別に名乗ってやろう。ユエというんぢゃ、妾は、の。で、ぬしはなんぢゃ? ただの人間……ではなかろうが?」


「どうでもいいだろ、汚れぎつね。それ持っていっていいからさっさとでていってくれ」


「名乗ったぢゃろ。呼ばんか、しつけのない」


 躾。ある意味での躾なら受けているがそれをこの狐に話す義理もないので私は再三さいさんとなるが外を指差す。と、雨が開けて雨のない道を山まで伸ばしてやった。今度は狐、多分妖狐ようこだとかに分類されるあちらが驚く番だった。私はお構いなしで供出きょうしゅつをゆでる。


 妖狐――月と名乗ったそいつはだが干物の魚を一瞥もせず、私の足下でいる。いたが急にばったり倒れた。私がつまらん演技だ、と鼻を鳴らすも、起きないで伏せたまま。


 しばらく放置してみたが一向に起きる気配がないのとはっ、はっ、とつらそうな息が聞こえてきたので私は仕方なく菜をゆがいた湯を妖気で綺麗にして水で埋め、手拭いを浸して狐を拭きはじめた。同時に雨無道うむどうも消す。乗りかかったなんとかだ、こうなったら。


 一通り狐を綺麗に拭いてやってから居間にあげ、私が編んだわらの座布団に置いた。


 狐は、薄目を開けて自嘲じちょうの笑みを浮かべたことからしてなにか理由があってあそこにいたんだろう。私とは違うが同じような理由で。私は夕餉ゆうげに菜のお浸しと粥を食べた。


 狐には魚を焼いてやる。身を骨から外し、皿に小さなお山をつくってやって目の前に置いてやるとふらふらしていたが狐は食べはじめた。小さな、体。拭いてなお汚い毛。


「明日には雨があがるからでていけ、妖狐」


「妾は天狐てんこぞ。白面金毛九尾はくめんきんもうきゅうびの狐、と呼ぶやからもいるというかそちらが多いぢゃろう」


「どっちにしろ狐だ。大差ないだろ」


「あるわ、バカ垂れ。不敬ぢゃぞ、娘」


「……。……ジンだ。よろしくしなくていい」


「ふむ。揺らがぬ水面を彷彿ほうふつとさせる名ぞ」


「知るかよ。どういうつもりでつけたのか」


 この時、月の頭上に「?」が浮かんだが黙殺もくさつしておいて私は寝床の藁がへたってきていたので編み直しの作業をはじめたわけだが、月が自分の寝床も編め、だの話を聞け、だの話を聞いてやらんでもない、だのとうるさくしたので首をキュっと絞めたくなった。


 で、うるさくされるのは嫌いだったのもあり、軽く身の上話をしてやって、月の話もお義理で聞いてやった。月は一〇〇〇年を生きた天狐で、現在は祈禱師きとうし共の術中じゅっちゅうまったせいで弱り、この姿だが本来は誰もが見惚みほれる美女にすら化ける、と自慢してきた。


 私は話を半分もに受けていない。てか、ほとんど流しておいたので月は不満そうだが知ったことか。月は私の話ももっと、と要求してきたので質問に答える形で話した。


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