三話 私の処遇と十数年と不思議な見つけもの


「鬼だけ祓えないのですか?」


「もっと多く祈禱師きとうしが要る。現実的でない」


「では、どうしろ、と? あ、あの時はああするよりほかになかったのですっ山の恵みをいただかなければたちまち飢えていたんだ。そう、そうだ。仕方がなかったんだ!」


「だが、彼の大鬼妖だいきようが情を寄せるほどだったのであろうが、この女童めわらべの境遇は。そうでなければ捨て置かれた筈。鬼妖が魅入みいり、その身に宿ったのならこのコの道はふたつ」


 ふたつ。祈禱師は私、ではなく大人たちに私の道を示してみせた。……勝手だ。私の道なら私に選ばせてくれればよかった。そうすれば、私はもう少し、穏やかにれた。


 私に「許された」道。それは……――。


 ひとつ、山の奥深くで鬼のように暮らす。


 ひとつ、むらに恵みの水を呼ぶ鬼神きしんとなる。


 きしん、というのがなにか当時の私は理解できなかったが邑の男衆はごく、と唾を呑んだのでなんか魅力的な要素をちらつかせられたのだとはわかった。目の色が変わる。


 大人たちの事情も私には関係なかった。山奥に追いやられたいな、どうせならとは思ったが決定権は私にない。そして、予想通り邑の衆は私の「使用」または「利用」を決めて邑中に触れまわった。これで水源すいげん云々でのいさかいがなくなる。そう、喜んでいたっけ?


 私は、この邑の人間が嫌いだ。暮らしたければ力を貸せ、と言われても「いやだ」と言ってやった。やったが、その時、びの表情は怒りに変わり、激しい折檻せっかんが襲った。


「生かしてやる、住まわせてやるんだ!」


「そうだ。生意気を言うなっ!」


「水だ、水。水を持ってこい!」


 きっと、ハオはここまで予見していなかった。人間の欲深さを見誤っていただろう。


 まさか手前らの都合で捨てて殺そうとしたこどもを使おうとするだなんて思いもよらなかったに違いない。まだ幼かった私は与えられる折檻に屈して水を操って融通ゆうずうした。


 それから何年経ったか。私の肉体はともかく生まれてから数えられる歳でいうところの十五の時だ。皇都こうとに住まう皇族こうぞく、アレだ。天の使いとも称される者たちが新しい法案をつくって国――テンレイ全土に触れをだした。皇太子こうたいしの初法案だそうで、これがまた。


 クソと一言で片づけたい、私は。だって。


 ひとりにつき一体のしき――あやかしを使役しえきする、ことだった。あやかしに気に入られて使われてやってよい、と言わしめる者は優遇ゆうぐうをもうけるとのこと。私には関係ない。


 邑の人間ははじめこの法案に難色だった。浩を宿す私が優遇されると懸念したようだが詳しい話を聞いて胸を撫でおろしていた。あくまでも、使役の力が必要なのだ、と。


 そして、あやかしたちもバカじゃない。むしろ良し悪しは別にして知恵者が多い。


 男は男に。女は女に。あやかしたちは主人を選んだが私に女のあやかしは寄りつかなかった。私に宿る浩の莫大にすぎる妖気を恐れたのもあるが、浩は男だ。陰陽いんように倣って陽の気を身に宿す私は忌避きひされた。低位のあやかしたちであればなおのこと顕著けんちょだった。


 そのことから邑の人間は――ごく低位のあやかしを使役できただけで得意満面に私を指差して笑った。「式無しきなし」の「水鬼妖みずきよう娘」がいる。陽向をしゃあしゃあと歩いている。


 ……バカだ。昼間に水をやらねば作物は干乾びるじゃないか。朝晩にやればいいとは言うが、陽が当たらぬ中やたら滅多に引水してはそれはそれで殴り蹴るのはどいつだ?


「しきなしだ、やーい、きらわれもん!」


「鬼の娘なのに、人里暮らしとか笑う」


「鬼が拾ったんだろ?」


「えー!? 捨てられた? よっぽど醜かったんだなあ。それとも穢れていたか?」


 うんと昔から、私は自ら般若の半面をつけるようにしていた。誰の顔も見たくなかったし、誰にも顔を見せたくなかった。この面がなくてもにこりともしない能面がいやだったからだ。般若の面だったのは私なりの嫌みだ。鬼に助けを求めねば生活もできない。


 そんな邑の人間たちへのささやかな嫌がらせで鬼面をつけていた。そして、邑中が私の素顔の造作ぞうさくをすっかり忘れ去って、皇太子がふざけた式の法案を通して二年経った。


 私の生活は一定していた。相変わらず搾取さくしゅされ、利用され続ける日々だけ。が、邑の人間はいみを嫌ってか、私の中の鬼に、と言って邑の実りをそなえた。米。野菜。果樹かじゅ。あとは邑で飼っているとりの卵や山羊やぎの乳なども供出きょうしゅつした。だからとありがたみなどないが。


 飲み食いせずとも生きてはいけるが、人間らしさを欠片だけでも残そう、と自炊じすいして邑に実りが一定数以上はあることに「だけは」感謝し、食事を取り洗顔。面をつける。


 今日は山ノ神が祀られる山の祠にもうでてますますの恵みを御祈り「してやる」日だったからだ。邑の人間はしない。それは卑賤ひせん下賤げせん極まる鬼娘の私が行うべきだ、とさ。


 てめえらに実りがある理由が本気でわかっていない頭の悪さが時々憐れにすら思えてくるね。他力本願たりきほんがんもすぎる。これくらいすればいいのに。減るのなんて登山時の体力。


 それ以外に身を切れと言われているわけでもないというのに……。たったこれっぽっちが面倒臭いんだろうか? わからない。本当に下等かとう劣等れっとうな人間の頭は不可解だな。


「……」


 そして、陽がのぼる頃。水の恵みをくれてやってから山に詣でた私は予想だにしないものを見つけてしまった。きつね……。怪我、をしているわけではなさそうだったが、動かない。それがなぜか、昔の私に重なった。だから、御祈りを終え、私は狐を連れ帰った。


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