第13話 サバトキングダム

何も見えない。空気が冷たい。ここは穴の中だろうか? 頬を撫でるザラザラの指、あぁこの触り方はきっとイザヤだ。彼女は俺の隣にいる。手をぎゅっと握られる。その温もりに安心した。


「なぁ俺だち、どうなるんだろっ?」


「大丈夫。貴方は幸せになれる」


「逃げらっれだの……がっ?」


「うん」


「怪っ我は?」


「私は駄目みたい」


「ぞんなっ……」


「いいんだ、これで。ノア……少し痛いけれど我慢してね」


何かを左目に押し込まれる。顔皮を抉られ、強烈な痛みが全身に走る。顔は熱を帯び、皮膚は小刻みに震えている。しかし痛みはすぐに引き、不思議な心地よさが体を包む。


「あれ? 体が動く……!?」


左目からエネルギーが溢れ出し、体中に活力が行き渡る。自力で立てるし、ちゃんと話せる。しわしわだった皮膚は引き締まり、健全な筋肉と骨もある。すべてが初めての体験だ。


奇跡のような現象が一瞬にして起きたのだ。


「良かった! 私の左目を貴方に託す。これで普通に生きていけるからね」


暗転した視界がもとに戻る。暗い洞窟の中、目の前にはいつものイザヤがいた。


「貴方と普通に生きて、普通に歳をとって、普通に死にたかった」


日照雨のような彼女の表情、別れの時が近いことを俺は察した。


「これからノアは普通に生きるの。邪神との戦いなんて忘れて、平和な土地で家族を作って、ゆったり暮らせばいい」


「自分だけの安寧あんねいなんて俺は望まない。俺たちの夢は皆が笑顔でいられる世界を創ることだろっ!? 叶えよう一緒ならできるよイザヤッ!」


俺は必死に訴えたが、彼女は突き放すように首を横に振る。


「貴方なら一人でもできる。辛くなったら鏡を見て。その左目に私はいるから」


さっき俺の顔に押し込まれたのは他でもない、彼女の金色の左目だった。


「愛してる。さようならノア」


「イザヤッ! 行くな!」


彼女は消えた。俺の太陽は未来永劫失われ、暗い暗い毎日がこの日から始まる。




結論から言えばイザヤの魔王討伐は失敗、世界に平和が戻ることはなかった。相変わらず邪神は人類を殺し続けている。


正常な身体を手に入れた俺は命からがらヤマトから脱出し、『華皇かおう』という国に逃れた。


さて長い話になってしまったが、ここまで付き合ってくれてありがとう。絶望から立ち直るための第一歩としてイザヤとの思い出を記してみた。書き終えて踏ん切りがついた。俺は紙とペンをおき、とある場所に向かう。


それこそが『サバトキングダム』である。







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サバトキングダム・零 なるみ @Putamaru

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