ボビーは金持ちになりたい

古博かん

ボビーは金持ちになりたい

 貧乏神のボビーには、三分以内にやらなければならないことがあった。

 しかし、世情にも機械にも疎い貧乏神のボビーにとって、三分以内というタイムリミットは非常に酷なものであった。

 この二節だけで、すでに三秒をロスしてしまっている。


「ああ、どうしよう、どうしよう」


 卓上に広げられた乱雑なメモや紙面、封書の数々と残り時間を急く置き型タイマー。

 パソコンとスマホを前にして困り顔で冷や汗をかいていると、たまたま背後に座っていたビリー・ケンが不思議そうに声をかけた。


「どうしたん、ボビー?」


「ああ、ビリー。ねえ、このオンライン振込ってどうやったらいいのかな? 二段階認証とか、ワンタイムパスワードとか、さっきから上手くいかなくて困ってるんだ。三分以内に振り込まないといけないのに!」


「え? 何で三分以内? ちょい待ち、一旦落ち着き。何の振り込みなん、それ?」


「実は、ドビーが東アフリカでバッファロー交通の渋滞玉突き事故を起こしちゃったみたいで、今、現地で慰謝料云々揉めてるらしいんだ。三分以内に、この口座に振り込みしたら、向こうの弁護士仲介して示談できるっていうんだよ、急がないと!」


「待ち待ち待ち! 怪しい! 明らかに、それ怪しい!」


 ビリー・ケンが、慌てて両目をすがめて眉間に皺を寄せながらボビーを制す。

 ボビーの手元には、電話を聞き取って慌てて書き殴ったらしい乱雑な字体で、ドビー、バッファロー、事故、慰謝料、振り込みといったメモが散らかっている。


「そもそも、誰や、ドビーって」

「ぼくの従兄弟のド貧乏神だよ」


「——とりあえず、ドビーに一度連絡してみ?」


 さて、貧乏神のボビーは慣れないスマホを駆使して、ド貧乏神のドビーにライブチャットを入れてみる。すると、ケロリとした様子で直ぐに反応があった。

 ド貧乏神のドビーは、東アフリカではなく、南アフリカのケープタウンでマカロニペンギンとマカロニサラダを作って一儲けしようと元気に金策中だという。


「とりあえず、元気で何よりだよ。くれぐれも事故には気を付けてね」

 短いチャットを終えたあと、ボビーは困惑した様子で乱雑なメモを見つめている。


「なあ、ボビー。多分、これ今流行りの特殊詐欺やで」

「ええ? じゃあ、あの死にそうな声はドビーじゃなかったの !?」


「ちゃうかったんちゃう、本人ピンピンやし。そもそも、ドビーは何しにアフリカ行ったん?」


「ちょっと不景気に疲れたんだって。少し前から、世界中で自分探しの旅をしているんだ」


「多分、自分見つからんやつや、それ……。旅費枯渇する前に、よ帰ってき言うとき」


 素直に頷く貧乏神のボビーを見て、これにて一件落着かと思ったら、ボビーはまたしても沈痛極まる悲鳴をあげた。


「ああ、もうあと二分しかない! こっちの還付金受け取り手続きもしないといけないのに!」


「三分以内に手続きせなアカン還付金受け取り手続きて、何なん?」


 嫌な予感しかしないビリー・ケンの問いに、貧乏神のボビーは得意満面の笑みを浮かべて卓上の封書を取り上げた。

 そこには、市役所出張所所長名義宛の下記口座に手続き料を振り込むと還付金が受け取れるといった文言が綴られており、なぜかフリマアプリのポイントやペイペイペイでも支払い可と書かれている。


「ビリーも受け取れるものは、受け取っておかないと! 一緒に手続きしよう!」


「待ち待ち待ち、一旦落ち着き。これ、どう見ても還付金詐欺や」


「ええ? 市役所の出張所(多分)からの封書なのに !?」


「役所の手続きで、個人宛にフリマアプリのポイントやペイペイペイやったことあるか? 還付金や言うてんのに、送金してどないすんねん」


「じゃあ、じゃあ、この封書ニセモノなの !?」

「昨今、郵便物を送り付けてくる事案も増えてるらしいな」


 もっともらしい行政管轄の還付金や裁判沙汰といった案件が、電話やショートメッセージで済ませられるわけがないという常識を逆手に取る形で、それっぽさを出すために、わざわざ架空内容の郵送物を送り付けるというのが、巧妙化した最近の詐欺手口のトレンドだ。


「ええー、そんなのどうやって見分けたらいいの?」

「とりあえず、世の中に上手い話は無いて覚えとき」


 卓上に当たり前のように並んでいる、年利五十パーセントを謳う高配当投資の権利獲得手数料の振り込み、未公開株式特別優待紹介料の振り込み、不動産管理の個人事業主向け特別融資仲介料等々、詐欺王道三冠どころかグランドスラムを達成するつもりかという貧乏神の神なる貧乏力が荒ぶっている。


「ぼく、お金持ちになって貧乏脱却して、可愛い彼女をたくさん作りたいんだ!」


 ビリー・ケンが全てシュレッダーにかけていた怪しい紙面類の束から、ボビーが叫びながら引き抜いたのは、期間限定VIP会員向けマッチングアプリ追加オプション登録料云々の申込用紙(オンライン登録可)だった。


「追加オプションとは……?」


「サクラの居ない、まじりっけ無しの好条件美女を追加料金額に応じて、期間限定で紹介してくれる特別サービスだよ」


「天井ないソシャゲの課金ガチャより悪質やぞ、それ」


 普段は糸目をにっこりと細めて無邪気な微笑みを浮かべているビリー・ケンが、さすがに瞠目してマジトーンになる。


「ええ? ぼく先月も振り込んで追加オプション解放したところなのに! あれもウソなの !?」


 貧乏神のボビーは、驚きのあまり手のひらの力が抜けたのか、申込用紙(オンライン登録可)が、ひらりとつづらに折れて落ちていく。


「あかーん、それ、アカンやつー! アカンやつ、もうやってもーてたー!」


 ビリー・ケンが小さな手のひらで、ぺっちんと額を打って止められなかった己の無力を嘆いた。


「あんな、よう聞いてな? 世の中、そんな上手い話なんてそうそう転がってないんや、ホンマのホンマにお得な話は、みんな他所には流さんもんなんやで? 気休め程度やったら、ワイのあんよの裏でも摩っとる方が、よっぽどご利益あるんやで?」


「そうなの !? それでビリーの足の裏って、そんなに擦り減ってたんだ! すごい効果だね !?」


「せやねん、もうホールメンテ三回目やねん。身ぃたんわ」


 そうこうするうちに、手元のタイマーは残り三秒を切っていた。

 ビリー・ケンは、貧乏神のボビーがこれ以上貧乏になることが無いよう、ひっそりと健勝を祈るしかできないのだが、まさにタイマーが鳴った瞬間、パソコンメールの通知がポーンと鳴った。

 ボビーがメールをチェックすると、ボックス上でデカデカと主張する「高額当選のお知らせ! 今すぐ登録して豪華賞品をゲットのチャンス!」のタイトル。


「ねえ、ビリー! 凄いよ! お得川埋蔵金発見記念、配当権利獲得一口十万円から先着百名様に当選したって!」


「待ち待ち待ち、一旦落ち着き。ツッコミ追いつかんわ」


 三分延長のサドンデス貧乏バトルが、ここから始まるわけだが、ここだけの話、何も今日だけに限った出来事では無いんだな、これが。



—— 完 ——

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ボビーは金持ちになりたい 古博かん @Planet-Eyes_03623

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ