神のスープ[KAC20241]

夏目 漱一郎

第1話神のスープ

俺には三分以内にやらなければならない事があった。


『三分』なんて言うとまるでカップラーメンでも作っているのかと思うかもしれないが、とんでもない!俺が今作っているのは、今地元でも人気急上昇中で連日行列が絶えない程のラーメン専門店【来々軒】の人気メニュー『来々醤油ラーメン』だ。

とは、生麺を茹で始めてから引き上げて十分じゅうぶんをして更に温められた器に入れて、麺の温度が下がる前にスープを浸す…ここまでの一連の作業を三分以内に行うという事だ。この時間が少しでも遅いと、麺の硬さや食感が変わってしまい、来々醤油ラーメンは台無しになってしまう。


この麺と同じ位、或いは麺以上に大事なのがスープだ。来々醤油ラーメンのスープは先代の時から伝わる秘伝のスープで、恐らく先代が店を始めた時からずっと使っている。もしこのスープが無かったら、店主の俺でも同じ物は作れないだろう。俺の店、この【来々軒】は以前全国ネットのテレビで取り上げられて以来、SNSや口コミサイトでも高評価が広まり、週末の食事時にはのように客が押し寄せる。


そんな忙しい【来々軒】だが、実は先代の時からウチで働いてくれてラーメンを運んでいた木村さんが、今日を最後に店を辞める事になっている。ご家庭の事情だそうだ。本当はもう少し居て欲しいんだが、そういう理由ならば仕方がない。


「木村さん、今日まで本当にお疲れ様でした。今日が最後ですよね」

「ああ、店長。忙しいのにわがまま言ってすみません…長い間本当にお世話になりました」

「いやあ、世話になったのはこっちの方ですよ。今後の事はこっちで対処するんで、どうぞお気遣いなく」


今日は連休初日で天気もいい。今現在もかなりの行列ができているが、食事時はもっと増えるだろう。木村さんが今日までなら、新しいバイトを募集しないとな…

店はつねに満員で、洗い物がすぐに溜まってしまう。バイトがフル稼働で洗い物をしているが、それだけでは間に合わず木村さんが積み上がった器を無理に重ねた後にバランスを失ったた器が盛大に崩れてしまった。


「ああああああああ~~っ!」

かなりたくさんのラーメンどんぶりが床に落ち、そのうちの何枚かは割れて破片が飛び散る。


「店長~~すいません!私ったら最後の最後でこんなドジをっ!」

「ああ、無理に拾わないで!ケガしたら大変だから」

やっちまった…木村さんには平気なフリをしたが、これは非常にまずい!

が、今ので倒れて中身が床にぶちまけられてるじゃね~~かっ!



♢♢♢


「ちょっと早いけど、今日はこの位で終わりにしよう…木村さん、どうもお疲れ様でした」


とても店が続けられる状態じゃなかったから、今日は早じまいにした。俺が見る限り最後の方の客は、明らかに『来々醤油ラーメン』の味が違う事に気づいていたみたいだった。やはりあの『秘伝のスープ』がなくてはらしい。こうなったら明日の開店前までにどうしてもあのスープを再現しなければ!


午前2時、開店まであと8時間……



クソッ!何度やってもダメだ!どうしてもあの……このスープは一体何でダシを取っているんだ!


それから、外が明るくなるまで試行錯誤を繰り返してみたが、とうとうあの秘伝のスープを作る事は出来なかった。今日も店は混むだろうし、バイトを頼むどころじゃないから、仕方ない…木村さんに無理言ってもう1日だけ来てもらうか…



「無理言ってすみません、木村さん。昨日はちょっとゴタゴタしててバイトの手配とか出来なかったもので…」

「いいんですよ。私も最終日にどんぶり割ったりしてたから…」

かなり不安だったが、とりあえず店を開けた。今日の客の反応次第では、もう来々軒は暖簾を畳まなければならないかもしれない。


まずは、オーダーに従って数杯のラーメンを作る。その途中で何回か味見をしてみるが、やはり以前の味ではない。舌の肥えた客ならばいずれその違いに気付くだろう。


店が混んでくると同じグループでありながら、席がカウンター席とテーブル席に分かれてしまう客が出てくる。一応その際は客に了承してもらうんだが、散々外で待っていた客は大概快く応じてくれる。そして、当然カウンターのラーメンは俺がテーブルのラーメンは木村さんが客に届ける。


「大将、何かんだけどな」

「えっ…そ、そうですか?…そんな筈はないんだけどな…」

カウンターの客が俺に尋ねる。まずい!この客、舌が肥えてる…

「ねえ、なんかんじゃないの?」

「いや、変えてない!全く変えてないですよ!」

「え~っ?やっぱり違いますよ!なあ、高橋~お前もそう思うだろ?」

俺が否定すると、カウンターの客はそれが納得出来ないのかテーブル席の仲間に同意を求めたが…

「別に変わってねえよ?お前のラーメンだけじゃねえの?」

「なんで俺のだけなんだよ!お前がバカ舌だからわからね~んだよ!」

「は?俺のせいにすんなよ!じゃあ、俺のひとくち飲んでみろよ!」

「わかったよ!じゃあ、ひとくち飲ませろ!」

最悪だ…客が仲間割れ始めた。これでスープが違う事がバレる!


しかし、結果は違った。


「ホントだ…高橋のスープはだな」


えっ?…それはどういう事だ?俺は、テーブル席の高橋という男の席へと駆け付けた!

「ちょっとすみません!そのスープ、私にもひとくち貰えませんか?」

その客は不思議そうにしていたが、今はそんな事を気にしている場合じゃない!どうしてスープが元に戻っているのか、それを確かめるのが先だ!

テーブル席の客からスープをもらったら、確かにそれはあのだった。…しかし、一体なぜ?このラーメンを運んで来たのは、木村さんだった筈…俺は思わず今ラーメンを運んでいる途中の木村さんの方へと目を移した。






ああああ~っ!そうかっ!






木村さん…けど・・・・・・




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

神のスープ[KAC20241] 夏目 漱一郎 @minoru_3930

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ