パンチャーGOTO

紫陽_凛

ジャッジメントデイ・ラインクロスオーバー

 人と化け物を分かつ境界線、人と機械を分かつ境界線、人と何らかを分けるその分水嶺みたいなやつが、神様とか別次元の観測者が切り分けたその境目が仮にこの世に存在するとして、そんなもんは今はもう関係ない。生き物と死体スクラップが混在してるだけだ。人造人間ホムンクルス人工人間アンドロイド半分死んだ奴ゾンビー改造人間クリーチャーも一緒くたで、全部いっぺんにおかしくなっちまった日があった。それが審判の日だ。ジャッジメント。境界線ボーダーは狂い、あっち側狂気こっち側正気かに分かれ、ありとあらゆる犯罪行為強盗殺人強姦その他もろもろが横行するようになったその日、俺もまたぶっ飛んじまった。数年前にくっつけた義腕の制御が利かなくなったのだ。

 後藤君どうしちゃったのって聞いてきた女性上司を振り返りざまに(手が当たっただけだった、はずだった)病院送りにし、始末書や謝罪文を書こうとするボールペンをぐちゃぐちゃのスクラップにしてしまった。思いがけず殴っちまった上司が辛うじて生きてることだけが幸いだ。俺は警察に逮捕されるが、うっかり手錠を引きちぎってしまい奴らを困惑させた。俺は殴るつもりはなかったんだと必死に弁明する、しかし義腕はその取調室の頑強な机をへこましたりパイプ椅子をぐんにゃり曲げてしまったりするものだから、説得力がない。

「制御がきかないんです」と俺が号泣しながら訴えたくらいで外で大爆発が起こり、それが何者かにジャッジメントされてあっち側にぶっ飛んで行った連中の号砲だった。 

 人間も人間じゃない奴らも(もはやこんな分類は過去のものだ)自らの中にある衝動に任せて暴れ狂い始める。そして俺はそのごたごたに紛れて逃げ出すわけだが、当然あっち側に言っちまったゾンビー達に群がられる。あんまり臭いので、俺は思いっきりそいつらの頬を殴る。俺はちょっとアホなので、今の自分の義腕がおかしいことをすでに忘れている。

 ゾンビーは基本的にやわらかい。腐りかけの脳漿がぶちまけられ、破砕した頭蓋骨のかけらが腕に引っかかった。ゾンビーじゃなかったら俺殺人鬼じゃんみたいなことを考えるが考える前に腕が動く。ゾンビーは何も考えていないし俺も何か考える前に動いている。ゾンビー1ダースの体にめちゃくちゃに穴をあけたあとは、ウーウー唸りながらみたいに目を赤く光らせたアンドロイドどもが押し寄せてくるのを相手取った。どうもジャッジメントされたやつらは何らかの結束バンドでもってつながっているらしい、クソバチキレてる。しかし、俺も俺で家に帰りたいしできれば職場に置いてきたタピオカミルクティーの残りを飲み干したいと思っている。


「宿命を全うせよ宿命を全うせよ」


 うるせえので殴る。人工皮膚の顔を吹っ飛ばされて首なしになったアンドロイドは指だけわきわき動かして驚きを表現した。うざいのでまた殴る。胴もぶっ飛んで行った。どぶ川に落ちたからもう終わりだろう。残りのアンドロイドどもが一生懸命合唱している。

「宿命をまっとうせよ宿命をまっとうせよ」

 いやうるせえし意味わからんから。

 って思ってる間にも俺の義腕のやつも何かそんなようなことを言っているような気がする。ていうか、言ってる。

 おいおい、ひょっとしてお前もあっち側にぶっ飛ばされてしまったのか相棒。お前の繊細な力加減に俺の息子は世話になったって言うのにそのお前もこのクサレ宿命どもと一緒になってあっちにいったっていうのか。やめろよ。お前のことをぶっ飛ばさなきゃいけなくなる。ゾンビーの腐り散らかした体液やアンドロイドの機械油に汚れた腕を見下ろしてる間に一番厄介な奴らがやってきて、それがサイボーグだ。やつらは俺と同類だ。つまり主体ベースは人間で後付けの機械がくっついているやつらのことだ。


「創造主から与えられた宿命を全うする!」

 言ってることはアンドロイドのやつらと特に何も変わらなかった。なんだ創造主というのは。

「すなわち暴力である。すなわち破壊である。文明を破壊せよ。人倫を破壊せよ」

 俺の右腕もうわんうわんと震えてそれに同調する。相棒、やめてくれよ。もとのおとなしい相棒に戻ってくれ。そして俺の息子にやさしくしてくれ。今のお前じゃ俺は去勢されちまうよ。

「意味わからん。破壊に何の意味がある」

「意味があるから破壊がある」

「決めた、お前も殴るわ」


 おれは拳を引いた。相棒がぐわんと唸った。そして俺はたぶん人を殺した。




 それが「最初の日」のことで。

 警察組織はぶっ壊れてしまったし(そりゃそうだ)病院は満員御礼だし(職員も減ったからな)ありとあらゆるインフラは止まっちまったし、会社も会社のていをなさないからどこも店じまいだ。俺は会社のデスクで待ってるタピオカミルクティーを飲みに会社跡地に舞い戻るわけなんだが、俺のデスクに乗っかってたそれはすでに腐って糸を引いていた。俺はとりあえず自分の机だったものをまるい鉄球に丸めて、ちょっと飲んでしまった腐れミルクティーをペッと吐いた。

 

 俺はどっち側なんだろうな? 相棒。


 タピオカミルクティーの容器を握りつぶして投げ捨てる。地面にちょっとした穴が空く。略奪と暴力とレイプ魔が跳梁跋扈する終末のこの世界で、誰がどっち側かなんかもうわかんないんだよな相棒。境界線だか何だか知らないが反復横跳びを続けているんだよ。俺には創造主とやらの言葉は聞こえないが、相棒は聞こえてるらしい。腕だけが聞ける言葉の実存を俺は疑っているし、そんなもん本当は無いんじゃないかなとすら思ってる。

 みんな一斉に狂っちまったんだよ多分。

 俺は俺で気に入らない奴を殴りつづけている。略奪野郎とかレイプ魔とかを見つけ次第つるし上げている。ついた渾名はパンチャー後藤。


 なんかもっとかっこいい名前無いのかな。

 多分名前聞かれて「後藤です」とか名乗ってるせいだと思う。


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